智囊 / 權奇・王導・程嬰
王敦威望素著,一旦舉兵內向,眾咸危懼。適敦寢疾,王導便率子弟發哀,眾聞,謂敦死,咸有奮志。
新字:王敦威望素著,一旦舉兵内向,衆咸危懼。適敦寝疾,王導便率子弟発哀,衆聞,謂敦死,咸有奮志。
書き下し
王敦は威望素より著し。一旦、兵を挙げて内に向かい、衆、咸な危懼す。適たま敦、寝疾あり。王導、便ち子弟を率いて哀を発す。衆、聞きて、敦死すと謂い、咸な奮志有り。
現代語訳
王敦は日ごろから威望が高かった。ある日、兵を挙げて都に向かい、人々は皆危ぶみ恐れた。ちょうど敦が病で伏せた。王導はすぐに一族の子弟を率いて、葬儀の哀悼の声をあげた。人々はこれを聞いて、敦が死んだと思い、みな奮い立つ気持ちを持った。
解説
王敦の反乱で動揺する人々に対し、王導は、敵将の病を好機として、死んだように弔いの声をあげ、士気を回復させました。実際には死んでいなくても、人々が死んだと信じることで行動が変わる。情報の力を使った心理戦です。王導自身は王敦の一族でありながら、朝廷側に立っているため、身内の死を演じたことになります。管理職にとって、恐れで萎縮した集団に対して、敵の弱みが見えたと伝えるだけでも、士気を回復させる効果があることがわかります。ただし、この項は原文が短く、題にある程嬰の事は本文に含まれず、確かでない部分があります。
この章句が説くこと
王敦王導哀を発す寝疾士気情報の力
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