智囊 / 權奇・胡鬆・狄青
績溪胡大司空鬆,號承庵,先為嘉興推官,署印平湖,有惠政。適倭寇猖獗,郡議築城,公夜入幕府,曰:「民難與慮始,請縛某居軍前御倭,百姓受某恩,必相急,乃可舉事。」從之,民大震,各任版築,不閱月城成。南俗尚鬼,狄武襄征儂智高時,大兵始出桂林之南,因祝曰:「勝負無以為據。」乃取百錢自持之,與神約:「果大捷,投此錢盡錢面。」左右諫止:「倘不如意,恐阻師。」武襄不聽,萬眾方聳視,已而揮手倏一擲,百錢皆面,於是舉軍歡呼,聲震林野。武襄亦大喜,顧左右取百釘來,即隨錢疏密,布地而帖釘之,加以青紗籠,手自封焉,曰:「俟凱旋,當謝神取錢。」其後平邕州還師,如言取錢,幕府士大夫共視,乃兩面錢也。〔釋〕桂林路險,士心惶惑,故假神道以堅之。
新字:績渓胡大司空鬆,号承庵,先為嘉興推官,署印平湖,有恵政。適倭寇猖獗,郡議築城,公夜入幕府,曰:「民難与慮始,請縛某居軍前御倭,百姓受某恩,必相急,乃可舉事。」従之,民大震,各任版築,不閲月城成。南俗尚鬼,狄武襄征儂智高時,大兵始出桂林之南,因祝曰:「勝負無以為拠。」乃取百銭自持之,与神約:「果大捷,投此銭尽銭面。」左右諫止:「倘不如意,恐阻師。」武襄不聴,万衆方聳視,已而揮手倏一擲,百銭皆面,於是舉軍歓呼,声震林野。武襄亦大喜,顧左右取百釘来,即随銭疏密,布地而帖釘之,加以青紗籠,手自封焉,曰:「俟凱旋,当謝神取銭。」其後平邕州還師,如言取銭,幕府士大夫共視,乃両面銭也。〔釈〕桂林路険,士心惶惑,故仮神道以堅之。
書き下し
績溪の胡大司空松、号は承庵、先に嘉興の推官と為り、平湖に印を署し、恵政有り。適たま倭寇猖獗し、郡、城を築かんことを議す。公、夜に幕府に入り、曰く、「民は与に始めを慮り難し。請う、某を縛して軍前に居り倭を禦がしめよ。百姓、某の恩を受く、必ず相い急ぎ、乃ち事を挙ぐべし」と。之に従う。民大いに震え、各おの版築に任じ、月を閲せずして城成る。南俗は鬼を尚ぶ。狄武襄、儂智高を征するの時、大兵、始めて桂林の南に出づ。因りて祝して曰く、「勝負は以て拠と為す無し」と。乃ち百銭を取りて自ら之を持ち、神と約す、「果たして大捷ならば、此の銭を投じて尽く銭面ならしめよ」と。左右、諫め止む、「倘し意の如くならざれば、恐らくは師を阻まん」と。武襄聴かず。万衆方に聳視す。已にして手を揮い、倏ち一たび擲つに、百銭皆な面なり。是に於いて挙軍歓呼し、声は林野を震わす。武襄も亦た大いに喜び、左右を顧みて百釘を取らしめ、即ち銭の疏密に随いて、地に布きて之に釘を帖し、加うるに青紗の籠を以てし、手自ら之を封じて曰く、「凱旋を俟ち、当に神に謝して銭を取るべし」と。其の後、邕州を平らげて師を還し、言の如く銭を取る。幕府の士大夫共に視るに、乃ち両面の銭なり。〔釈〕桂林は路険しく、士心惶惑す、故に神道を仮りて以て之を堅くするなり。
現代語訳
績溪出身の胡松(大司空、号は承庵)は、先に嘉興の推官となり、平湖の知県代理を務めて、よい政治を行った。ちょうど倭寇が猛威を振るい、郡で城を築く議論が出た。胡松は夜に幕府に入り、「民はことを始める段階では共に計りがたいものです。どうか私を縛って軍の前に置き、倭寇を防がせてください。百姓は私の恩を受けているので、必ず急いで救おうとします。そうなれば事業を起こせます」と言った。この案に従った。民は大いに震え、それぞれ城壁の版築を引き受け、一か月経たないうちに城ができた。南方の風俗は鬼神を尊ぶ。狄青(武襄)が儂智高を征伐したとき、大軍が桂林の南に出てきたばかりであった。狄青は祈って、「勝敗は当てにならない」と言い、百枚の銭を手に取り、神と約束した、「もし大勝するなら、この銭を投げてすべて表になれ」と。側近は諫めて止めた、「もしその通りにならなければ、軍の進軍を妨げます」と。狄青は聞かなかった。万の兵が固唾をのんで見守った。やがて手を振って一度投げると、百枚の銭がすべて表だった。全軍が歓呼し、声は林野を震わせた。狄青も大いに喜び、側近に百本の釘を取らせ、銭の配置に従って地に打ちつけて固定し、青い紗の籠をかぶせ、自ら封をして、「凱旋したら、神に謝して銭を取り戻そう」と言った。のちに邕州を平定して軍を返し、言葉どおり銭を取った。幕府の士大夫たちが共に見ると、実は両面とも表の銭だった。〔解〕桂林は道が険しく、兵の心が動揺していたので、神の道を借りて士気を固めたのである。
解説
この章句が説くこと
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尉繚子・兵教下今戦国相攻め、大いに有徳を伐つ。伍よりして両、両よりして師、其の令を一にせず、率ね民心をして定まらざらしめ、徒らに驕侈を尚び、謀患辨訟し、吏其の事を究め、累ねて且に敗れんとす。日暮れ路遠く、還るに剉気有り、師老い将貪り、争掠して敗れ易し。凡そ将軽く、塁卑く、衆動けば、攻むべきなり。将重く、塁高く、衆懼るれば、囲むべきなり。凡そ囲むには必ず其の小利を開き、漸く夷弱ならしむれば、則ち節吝して食はざる者有り。衆夜撃つ者は、驚くなり。衆事を避くる者は、離るるなり。人の救を待ち、戦を期して蹙まるは、皆心失はれて気傷るるなり。気を傷れば軍を敗り、曲謀は国を敗る。
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