智囊 / 權奇・明太祖
滁陽王二子忌太祖威名日著,陰置毒酒中,欲害之。其謀預洩,及二子來邀,上即與偕往,了無難色。二子喜其墮計,至半途,上遽躍起馬上,仰天若有所見,少頃,勒馬即轉,因罵二子曰:「如此歹人。」二人問故,上曰:「適上天相告,爾設毒毒我,我不往矣。」二子大駭,下馬拱立,連稱「豈敢!」自是息謀害之意。
新字:滁陽王二子忌太祖威名日著,陰置毒酒中,欲害之。其謀預洩,及二子来邀,上即与偕往,了無難色。二子喜其堕計,至半途,上遽躍起馬上,仰天若有所見,少頃,勒馬即転,因罵二子曰:「如此歹人。」二人問故,上曰:「適上天相告,爾設毒毒我,我不往矣。」二子大駭,下馬拱立,連称「豈敢!」自是息謀害之意。
書き下し
滁陽王の二子、太祖の威名の日に著るるを忌み、陰かに毒を酒中に置き、之を害せんと欲す。其の謀、預め洩る。二子の来たりて邀うるに及び、上、即ち与に偕に往き、了に難色無し。二子、其の計に堕つるを喜ぶ。半途に至り、上、遽に馬上に躍起し、天を仰ぎて見る所有るが若し。少頃、馬を勒して即ち転じ、因りて二子を罵りて曰く、「かくの如き歹人め」と。二人、故を問う。上曰く、「適に上天、相い告ぐ、爾、毒を設けて我に毒す。我は往かず」と。二子大いに駭き、馬を下りて拱立し、連りに「豈に敢えてせんや」と称す。是より害を謀るの意を息む。
現代語訳
滁陽王の二人の子は、太祖(朱元璋)の威名が日ましに高まるのをねたみ、ひそかに酒に毒を入れて、害そうとした。その計画は事前に漏れた。二人の子が迎えに来ると、太祖はすぐ一緒に出かけ、まったく困った様子を見せなかった。二人の子は、罠にかかったと喜んだ。道の途中まで来ると、太祖は急に馬の上で身を起こし、天を仰いで何かを見たようにした。しばらくして手綱を引いて馬を返し、二人を罵って言った、「こんな悪人どもめ」と。二人が理由を尋ねた。太祖は言った、「たった今、天が私に告げた。お前たちは毒を仕掛けて私を殺そうとしている。私は行かない」と。二人は大いに驚き、馬を降りて手を重ねて立ち、「とんでもないことです」と繰り返した。以後、二人は害をなす考えを止めた。
解説
この章句が説くこと
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『宋名臣言行録』前集巻一・趙普語未だ畢らざるに、上曰く、卿復た言う勿かれ、吾れ已に諭れりと。頃くして上、晚朝に因りて故人の石守信・王審琦等と飲む。酒酣にして、上左右を屏けて謂いて曰く、我れ爾曹の力に非ずんば、此に至るを得ず。汝の徳を念うこと窮まり已む無し。然れども天子為るも亦た大いに艱難にして、殊に節度使為るの樂しみに若かず。吾れ今、終夕未だ嘗て敢えて安んじて枕して卧せざるなり。守信等皆な曰く、何の故ぞ。上曰く、是れ知り難からず。此の位に居る者、誰か之を為さんと欲せざらん。守信等皆な惶恐頓首して曰く、陛下何為れぞ此の言を出だす。今、天命已に定まる。誰か敢えて異心有らん。上曰く、然らず。汝曹心無しと雖も、其れ汝が麾下の人、富貴を欲する者を如何せん。一旦、黄袍を以て汝が身に加えば、汝為さざらんと欲すと雖も、得可からざるなり。皆な頓首涕泣して曰く、臣等愚かにして此に及ばず。惟だ陛下哀憐して、生く可きの塗を指示せよ。上曰く、人生は白駒の隙を過ぐるが如し。好んで富貴を為す所以の者は、多く金錢を積み、厚く自ら娱樂し、子孫をして貧乏無からしめんと欲するに過ぎざるのみ。汝曹何ぞ兵權を釋き去り、便好の田宅を擇びて之を市い、子孫の為に永久の業を立て、多く歌兒舞女を置き、日々に酒を飲みて相い歡び、以て其の天年を終えざる。君臣の間、兩つながら猜嫌無く、上下相い安んずるは、亦た善からずや。皆な再拜謝して曰く、陛下臣を念うこと此に及ぶは、所謂る死を生かして骨を肉づくるなり。明日皆な疾と稱して軍權を解かんことを請う。上之を許す。皆な散官を以て第に就く。慰撫賜賚する所以の者甚だ厚く、與に婚姻を結び、更めて制し易き者を置きて親軍を主らしむ。其の後又た轉運使・通判を置きて諸道の錢榖を主らしめ、天下の精兵を收選して以て宿衛に備う。而して諸功臣も亦た善終を以てし、子孫富貴にして、今に迄るまで絶えず。
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