智囊 / 權奇・宋太宗
宋太宗即位初年,京師某街富民某,有丐者登門乞錢,意未滿,遂詈罵不休。眾人環觀,靡不忿之。忽人叢中一軍尉躍出,刺丐死,擲刀而去。勢猛行速,莫敢問者。街卒具其事聞於有司,以刀為,有司坐富民殺人罪。既讞獄,太宗問:「其服乎?」曰:「服矣。」索刀閱之,遂納於室,示有司曰:「此吾刀也,向者實吾殺之,奈何枉人?始知鞭笞之下,何罪不承,羅鉗結網,不必濁世。」乃罰失入者而釋富民。諭自今訊獄,宜加慎,毋濫!〔述評〕此事見宋小史。更有一事:金城夫人得倖於太祖,頗恃寵。一日宴射後苑,上酌巨觥勸晉王,晉王固辭,上復勸,晉王顧庭中曰:「金城夫人親折此花來,乃飲。」上遂命之,晉王引弓射殺之,抱太祖足泣曰:「陛下方得天下,宜為社稷自重。」遂飲射如故,夫投鼠忌器,晉王未必鹵莽乃爾,此事恐未然也。
新字:宋太宗即位初年,京師某街富民某,有丐者登門乞銭,意未満,遂詈罵不休。衆人環観,靡不忿之。忽人叢中一軍尉躍出,刺丐死,擲刀而去。勢猛行速,莫敢問者。街卒具其事聞於有司,以刀為,有司坐富民殺人罪。既讞獄,太宗問:「其服乎?」曰:「服矣。」索刀閲之,遂納於室,示有司曰:「此吾刀也,向者実吾殺之,奈何枉人?始知鞭笞之下,何罪不承,羅鉗結網,不必濁世。」乃罰失入者而釈富民。諭自今訊獄,宜加慎,毋濫!〔述評〕此事見宋小史。更有一事:金城夫人得倖於太祖,頗恃寵。一日宴射後苑,上酌巨觥勧晋王,晋王固辞,上復勧,晋王顧庭中曰:「金城夫人親折此花来,乃飲。」上遂命之,晋王引弓射殺之,抱太祖足泣曰:「陛下方得天下,宜為社稷自重。」遂飲射如故,夫投鼠忌器,晋王未必鹵莽乃爾,此事恐未然也。
書き下し
宋の太宗、即位の初年、京師の某街の富民某、丐者の門に登りて銭を乞うこと有り、意未だ満たず、遂に詈罵して休まず。衆人環りて観、忿らざる靡し。忽ち人叢の中より一軍尉躍り出で、丐を刺して死せしめ、刀を擲ちて去る。勢い猛にして行くこと速く、敢えて問う者莫し。街卒、其の事を具して有司に聞す。刀を以て為と為し、有司、富民を殺人の罪に坐す。既に獄を讞し、太宗問う、「其れ服せるか」と。曰く、「服せり」と。刀を索めて之を閲し、遂に室に納め、有司に示して曰く、「此れ吾が刀なり。向者は実に吾、之を殺せり、奈何ぞ人を枉ぐる。始めて知る、鞭笞の下、何の罪か承けざる、羅鉗結網、必ずしも濁世のみならず」と。乃ち失入せし者を罰して富民を釈く。諭す、「今より獄を訊するに、宜しく慎を加え、濫する毋かれ」と。〔述評〕此の事、《宋小史》に見ゆ。更に一事有り。金城夫人、太祖に倖を得、頗る寵を恃む。一日、後苑に宴射す。上、巨觥を酌みて晉王に勧む。晉王固く辞す。上、復た勧む。晉王、庭中を顧みて曰く、「金城夫人、親ら此の花を折りて来たらば、乃ち飲まん」と。上、遂に之に命ず。晉王、弓を引きて之を射殺し、太祖の足に抱きて泣きて曰く、「陛下、方に天下を得たり、宜しく社稷の為に自ら重んずべし」と。遂に飲射すること故の如し。夫れ鼠に投ぐるに器を忌む、晉王未だ必ずしも鹵莽ならず、此の事、恐らく未だ然らず。
現代語訳
宋の太宗が即位した初年、都のある街の富豪のところに、乞食が来て銭を求めた。その意に満たなかったので、乞食は罵り続けた。人々は取り囲んで見て、腹を立てない者はなかった。突然、人混みの中から一人の軍尉が躍り出て、乞食を刺し殺し、刀を投げ捨てて去った。勢いは激しく足は速く、誰も問い詰められなかった。街の兵が事情を役所に報告した。刀が富豪のものだとされ、役所は富豪を殺人の罪に当てた。裁判が結審すると、太宗は「罪を認めたのか」と尋ねた。「認めました」と答えた。刀を取り寄せて見て、そのまま部屋にしまい、役人たちに示して言った、「これは私の刀だ。先ほど実は私がこの者を殺した。どうして他人を冤罪に陥れるのか。鞭打ちの下では、どんな罪でも認めてしまうと、今さら知った。網の目のように罪をかぶせることは、乱れた世だけの話ではない」と。そして誤って罪に陥れた者を罰して富豪を釈放した。命じた、「今後、取り調べでは慎重を加え、みだりにしてはならない」と。〔述評〕この事は『宋小史』に見える。さらにもう一つ話がある。金城夫人は太祖に愛され、寵を頼んでいた。ある日、後苑で宴会と弓の催しがあった。太祖は大杯に酒を注いで晋王(のちの太宗)に勧めた。晋王は固辞した。太祖が再び勧めると、晋王は庭を見て、「金城夫人が自ら、この花を折って持って来たら飲みましょう」と言った。太祖はそのように命じた。晋王は弓を引いて夫人を射殺し、太祖の足に抱きついて泣き、「陛下はいま天下を得たばかりです。社稷のためにご自重ください」と言った。そして飲んだり射たりを元どおり続けた。鼠に物を投げるにも器を壊すのをためらうという。晋王がそれほど粗暴だったとは限らず、この話は、おそらく事実ではない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』詰奸・劉宗龜劉宗亀、海南に鎮す。富商の子の少年、舟を江岸に泊め、高門に一妙姫の殊に人を避けざるを見る。少年之を挑みて曰く、「黄昏に当に宅を訪うべし」と。姫は微かに哂い、是の夕べ、果たして扉を啓きて之を候つ。少年未だ至らざるに、盗の入りて窃まんと欲する有り。姫は知らずして之に就く。盗は執えらるると謂い、刀を以て之を刺し、刀を遺して逸ぐ。少年後に至り、其の血を踐みて仆れ、之を捫るに死者を見、急ぎ出でて維を解きて去る。明日、其の家は跡して江岸に至る。岸上に云う、「夜に某客の舡の径ちに発する有り」と。官は人を差して追い到らしめ、拷掠備に至り、具に実を吐くも、唯だ人を殺せしは招かず。其の刀を視れば、乃ち屠家の物なり。宗亀は令を下して曰く、「某日に演武し、大いに軍士を饗す。合境の庖丁は、球場に集まりて以て俟て」と。烹宰既に集まれば、又令を下して曰く、「今日已に晩し、翼日に至るべし」と。乃ち各おの刀を留めしめ、陰かに殺人の刀を以て其の中に雑え、一口を換え下す。明日各おの来たりて刀を請うに、唯だ一屠者のみ後れて至り、持ち去るを肯ぜず。之を詰れば、対えて曰く、「此れ某の刀に非ず、乃ち某人の刀のみ」と。命じて之を擒えしむれば、則ち已に竄れり。乃ち他の死囚を以て商の子に代え、侵夜に市に斃す。竄れし者は囚の已に斃れしを知り、一二夕ならずして果たして帰る。遂に擒えて法に伏す。商の子は擬するに姦罪を以てし、背を杖つのみ。
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『智囊』通簡・宋太宗孔守正、殿前都虞侯を拝す。一日、北園に宴に侍し、守正大いに酔い、王栄と辺功を駕前に論じ、忿争して儀を失う。侍臣は以て吏に属せんことを請うも、上は許さず。明日、俱に殿廷に詣りて罪を請う。上曰く、「朕も亦た大いに酔い、漫として復た省みず」と。〔馮述評〕狂薬を以て人に飲ませて、其の乱るる勿きを責むるは難し。同酔に托して、朝廷の体を失わず、且つ彼も亦た未だ嘗て警めを知らざるにあらざるなり。
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『智囊』詰奸・某京師指揮〔馮述評〕成化中、南郊の事竣り、器を撤するとき、金瓶一つを失う。庖人の瓶の所に執事せる者有り、之を捕らえて獄に繋ぎ、拷掠に勝えず、竟に誣いて服す。其の贓を詰するに、謬りて曰く、「壇前の某地に在り」と。言の如くに之を覓むるも、獲ず。又之を繋ぎ、将に斃れんとす。俄かにして真盗、瓶の金絲を係けしものを以て市に鬻ぐ。市人之を疑い、官に聞す。逮えて至れば、則ち衛士なり。招して云う、「既に瓶を竊み、急にして匿す無く、遂に壇前に瘞め、只だ係索を捩ち取るのみ」と。地を発けば、果たして之を得たり。庖人の謬りて言う処に比ぶるに相去ること才かに数寸。使し前の発く者、稍や咫尺を広げなば、則ち庖人は死して白らかならざりしならん。豈に必ずしも馬を豢う髯の側に在るを待ちて乃ち疑うべけんや。獄を訊することの難きこと此の如し。
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