智囊 / 委蛇・郭德成
洪武中,郭德成為驍騎指揮。嘗入禁內,上以黃金二錠置其袖,曰:「第歸勿宣。」德成敬諾。比出官門,納靴,佯醉,脫靴露金,閽人以聞,上曰:「吾賜也。」或尤之,德成曰:「九閽嚴密如此,藏金而出,非竊耶?且吾妹侍宮闈,吾出入無間,安知上不以相試?」眾乃服。
新字:洪武中,郭徳成為驍騎指揮。嘗入禁内,上以黄金二錠置其袖,曰:「第帰勿宣。」徳成敬諾。比出官門,納靴,佯酔,脱靴露金,閽人以聞,上曰:「吾賜也。」或尤之,徳成曰:「九閽厳密如此,蔵金而出,非窃耶?且吾妹侍宮闈,吾出入無間,安知上不以相試?」衆乃服。
書き下し
洪武中、郭徳成、驍騎指揮たり。嘗て禁内に入るに、上、黄金二錠を以て其の袖に置き、曰く、「第だ帰りて宣ぶる勿れ」と。徳成敬んで諾す。官門を出づるに比び、靴に納れ、佯り酔いて、靴を脱ぎ金を露わす。閽人以て聞す。上曰く、「吾が賜う所なり」と。或ひとこれを尤むるに、徳成曰く、「九閽の厳密なること此の如し。金を蔵して出づるは、窃に非ずや。且つ吾が妹は宮闈に侍し、吾の出入に間無し。安んぞ上の以て相い試みるに非ざるを知らんや」と。衆乃ち服す。
現代語訳
洪武年間、郭徳成は驍騎指揮であった。あるとき宮中に入ると、太祖は黄金二錠を彼の袖に入れ、「持ち帰って、人に言ってはならぬ」と言った。徳成はかしこまって承知した。宮門を出るとき、金を靴に入れ、酔ったふりをして靴を脱ぎ、金を見せた。門番がこれを報告すると、太祖は「私が与えたものだ」と言った。ある人がその行動を責めると、徳成は言った。「宮門はこれほど厳重です。金を隠して出たら窃盗ではありませんか。それに私の妹は後宮に仕え、私は出入りに隔てがありません。陛下が私を試しているのでないと、どうして分かりましょう」。人々は納得した。
解説
この章句が説くこと
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