宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
語未畢上曰卿勿復言吾已諭矣頃之上因晚朝與故人石守信王審琦等飲酒酣上屏左右謂曰我非爾曹之力不得至此念汝之徳無有窮已然為天子亦大艱難殊不若為節度使之樂吾今終夕未嘗敢安枕而卧也守信等皆曰何故上曰是不難知居此位者誰不欲為之守信等皆惶恐頓首曰陛下何為出此言今天命已定誰敢有異心上曰不然汝曹雖無心其如汝麾下之人欲富貴者何一旦以黄袍加汝身汝雖欲不為不可得也皆頓首涕泣曰臣等愚不及此惟陛下哀憐指示可生之塗上曰人生如白駒過隙所為好富貴者不過欲多積金錢厚自娱樂使子孫無貧乏耳汝曹何不釋去兵權擇便好田宅市之為子孫立永乆之業多置歌兒舞女日飲酒相歡以終其天年君臣之間兩無猜嫌上下相安不亦善乎皆再拜謝曰陛下念臣及此所謂生死而肉骨也明日皆稱疾請解軍權上許之皆以散官就第所以慰撫賜賚之甚厚與結婚姻更置易制者使主親軍其後又置轉運使通判使主諸道錢榖收選天下精兵以備宿衛而諸功臣亦以善終子孫富貴迄今不絶
新字:語未畢上曰卿勿復言吾已諭矣頃之上因晩朝与故人石守信王審琦等飲酒酣上屏左右謂曰我非爾曹之力不得至此念汝之徳無有窮已然為天子亦大艱難殊不若為節度使之楽吾今終夕未嘗敢安枕而臥也守信等皆曰何故上曰是不難知居此位者誰不欲為之守信等皆惶恐頓首曰陛下何為出此言今天命已定誰敢有異心上曰不然汝曹雖無心其如汝麾下之人欲富貴者何一旦以黄袍加汝身汝雖欲不為不可得也皆頓首涕泣曰臣等愚不及此惟陛下哀憐指示可生之塗上曰人生如白駒過隙所為好富貴者不過欲多積金銭厚自娱楽使子孫無貧乏耳汝曹何不釈去兵権択便好田宅市之為子孫立永久之業多置歌児舞女日飲酒相歓以終其天年君臣之間両無猜嫌上下相安不亦善乎皆再拝謝曰陛下念臣及此所謂生死而肉骨也明日皆称疾請解軍権上許之皆以散官就第所以慰撫賜賚之甚厚与結婚姻更置易制者使主親軍其後又置転運使通判使主諸道銭穀収選天下精兵以備宿衛而諸功臣亦以善終子孫富貴迄今不絶
書き下し
語未だ畢らざるに、上曰く、卿復た言う勿かれ、吾れ已に諭れりと。頃くして上、晚朝に因りて故人の石守信・王審琦等と飲む。酒酣にして、上左右を屏けて謂いて曰く、我れ爾曹の力に非ずんば、此に至るを得ず。汝の徳を念うこと窮まり已む無し。然れども天子為るも亦た大いに艱難にして、殊に節度使為るの樂しみに若かず。吾れ今、終夕未だ嘗て敢えて安んじて枕して卧せざるなり。守信等皆な曰く、何の故ぞ。上曰く、是れ知り難からず。此の位に居る者、誰か之を為さんと欲せざらん。守信等皆な惶恐頓首して曰く、陛下何為れぞ此の言を出だす。今、天命已に定まる。誰か敢えて異心有らん。上曰く、然らず。汝曹心無しと雖も、其れ汝が麾下の人、富貴を欲する者を如何せん。一旦、黄袍を以て汝が身に加えば、汝為さざらんと欲すと雖も、得可からざるなり。皆な頓首涕泣して曰く、臣等愚かにして此に及ばず。惟だ陛下哀憐して、生く可きの塗を指示せよ。上曰く、人生は白駒の隙を過ぐるが如し。好んで富貴を為す所以の者は、多く金錢を積み、厚く自ら娱樂し、子孫をして貧乏無からしめんと欲するに過ぎざるのみ。汝曹何ぞ兵權を釋き去り、便好の田宅を擇びて之を市い、子孫の為に永久の業を立て、多く歌兒舞女を置き、日々に酒を飲みて相い歡び、以て其の天年を終えざる。君臣の間、兩つながら猜嫌無く、上下相い安んずるは、亦た善からずや。皆な再拜謝して曰く、陛下臣を念うこと此に及ぶは、所謂る死を生かして骨を肉づくるなり。明日皆な疾と稱して軍權を解かんことを請う。上之を許す。皆な散官を以て第に就く。慰撫賜賚する所以の者甚だ厚く、與に婚姻を結び、更めて制し易き者を置きて親軍を主らしむ。其の後又た轉運使・通判を置きて諸道の錢榖を主らしめ、天下の精兵を收選して以て宿衛に備う。而して諸功臣も亦た善終を以てし、子孫富貴にして、今に迄るまで絶えず。
現代語訳
太祖は話が終わらないうちに言った。「卿はもう言うな。私はもう分かった」。しばらくして太祖は、夕方の朝議のあと、古なじみの石守信や王審琦らと酒を飲んだ。酒がたけなわになると、左右を退けて言った。「私はおまえたちの力がなければ、ここまで来られなかった。おまえたちの徳を思う気持ちは尽きることがない。だが天子であることもたいへんな難儀で、節度使でいる楽しみには遠く及ばない。私はこのごろ、夜通し安心して枕について眠れたことがない」。守信たちは言った。「なぜでございますか」。太祖は言った。「それは分かりにくいことではない。この位に居る者を、誰が欲しがらないだろうか」。守信たちはみな恐れ入って頭を下げ、「陛下はどうしてそのようなことを仰せになりますか。いま天命はすでに定まっております。誰があえて叛く心を持ちましょう」と言った。太祖は言った。「そうではない。おまえたちにその心が無くても、おまえたちの部下で富貴を欲しがる者がいたらどうする。ある日、黄色い袍をおまえの身にかけたら、おまえがしたくないと思っても、そうはいかなくなるのだ」。みな頭を下げ涙を流して言った。「臣らは愚かで、そこまで考えが及びませんでした。どうか陛下、憐れんで、生きる道をお示しください」。太祖は言った。「人の一生は、白い馬が隙間を走り過ぎるようなものだ。富貴を好むのも、金を多く積み、思うさま楽しみ、子孫に貧乏をさせまいと思うだけのことだろう。おまえたちはどうして兵権を手放し、良い田や屋敷を選んで買い、子孫のために末長い財を立て、歌い手や舞い手を多く置き、毎日酒を飲んで楽しみ、天寿を全うしないのか。君と臣のあいだに互いの疑いがなく、上も下も安らかでいる。それもまた良いではないか」。みな再び拝して礼を言った。「陛下が臣らをここまで思ってくださるのは、死んだ者を生かし骨に肉をつけるようなものです」。翌日、みな病気と称して軍権を解くことを願い出た。太祖はこれを許し、みな名ばかりの官で邸に下がった。慰め労い与えたものはきわめて手厚く、婚姻を結び、あらためて御しやすい者を置いて親衛軍を統べさせた。その後さらに転運使と通判を置いて諸道の財政を握らせ、天下の精鋭を選び集めて宿衛に備えた。功臣たちもみな畳の上で死に、子孫は富貴で、今に至るまで絶えていない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『政談』武家旅宿の境遇を改むる事偖其住方大抵二三里四方の地に一組の武士の知行所を割り、各の知行所々々々に地頭を差遣はし、其頭に技倆次第ふん〳〵に成るへき人を三千石より四千石位の身上成るを三四人程も其所に知行所を与へ差置き、其内にて当分器量之有る仁を頭に申し付け、私領とませ〳〵に御領を割り入れ、御領をも右の頭に預け、組の支配をも御領の治め年貢の取立て、又は公事のさいきよも軽きことは所にてさばかせ、川普請等一切のこと其の頭より申し付へし、斯の如くならは田舎自から締りて御政とう行きわたるへし、
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『政談』代官と云ふ役の事願くは二三千石以上の人を申し付け役儀の名をかへ下役に今の代官位の人を申し付け置き、武備も自から備はるやうにし、刑罰をも軽きことは其の所にて執行はせ、専ら民間の治めを第一とし、農業の筋をも民の知らぬこと有るをは之を教へ、川除け堤普請のたくひをも申し付け、盗賊博奕等邪宗邪法のたくひをも之をおさへさすへし、
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『政談』御徒士衆與力を頭の心儘に入るゝ事並に御旗本諸役人に召出さるゝ事然るに今の世の利口なる人の料見には左様の道理なりとて上に立ちたる人を皆下へ逐ひ下して、皆下より立身させ下上を転倒することは成らぬことなり、成りても騷かしきことなり、唯た今まて上に立ちたる人をは其の儘に仕置きて、下には料見を云はせ皆夫を取り用ひたれは、聖人の賢才を挙けよと仰せられたると同し道理になると料見する人あり、是れ聖賢の教をもどす借智にて、畢竟何の用にも立たぬことなり、下に料見を云せて夫を取用ひたるばかりにては、其の取り用ゆる人矢張下の情を知らぬ人なる故、下の賢才の料見も取り用ひ様にて大に違ひ有ることなり、其の上賢才も下に置きて云はせたる分にては得云はぬものなり、其の上同じき賢才にても下に置きたるときの料見は、未た身を打はめぬときの料見なる故、上へ挙けたるときは違ふことなり、上へ挙けて其の役に打箝めて見たるときは塲所ちかく故、其の料見も下に居たるときとは各別に働くことなり、故に古の聖賢も賢才を挙くるとは仰せられたれども、左様なるこしやくなることは終に宣はさるなり、
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『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
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『韓非子』外儲説右上第三十四其の下翎を断てば、則ち必ず人を恃みて食ふ、焉んぞ馴れざるを得んや。夫れ明主の臣を畜ふも亦然り、
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『墨子』尚賢上故に古者、聖王の政を為すや、徳を别ちて賢を尚び、農と工肆の人に在りと雖も、能有れば則ち之を舉げ、髙く之に爵を予え、重く之に祿を予え、之に任ずるに事を以てし、斷じて之に令を予う。曰く、「爵位髙からざれば則ち民敬わず、蓄祿厚からざれば則ち民信ぜず、政令斷ぜざれば則ち民畏れず」と。三者を舉げて之を賢者に授くるは、賢の為に賜うに非ざるなり、其の事の成らんことを欲すればなり。故に是の時に當たりて、徳を以て列に就き、官を以て事に服し、勞を以て賞を殿し、功を量りて祿を分かつ。故に官に常の貴無く、民に終の賤無し。能有れば則ち之を舉げ、能無ければ則ち之を下す。公義を舉げ、私怨を辟く。此れ若の言の謂いなり。

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