智囊 / 謬數・嚴訥
海虞嚴相公訥營大宅於城中,度基已就,獨民房一楹錯入,未得方圓。其人鬻酒腐,而房其世傳也。司工者請厚價乞之,必不可,憤而訴公。公曰:「無庸,先營三面可也。」工既興,公命每日所需酒腐皆取辦此家,且先資其值,其人夫婦拮据,日不暇給,又募人為助,已而鳩工愈眾,獲利愈豐,所積米豆充牛刃屋中,缸仗俱增數倍,屋隘不足以容之,又感公之德,自愧其初之抗也。遂書券以獻,公以他房之相近者易焉,房稍寬,其人大悅,不日遷去。〔評〕勢取不得,以惠取之。我不加費而人反誦德,游於其術而不知也,妙矣哉!
新字:海虞厳相公訥営大宅於城中,度基已就,独民房一楹錯入,未得方円。其人鬻酒腐,而房其世伝也。司工者請厚価乞之,必不可,憤而訴公。公曰:「無庸,先営三面可也。」工既興,公命毎日所需酒腐皆取辦此家,且先資其値,其人夫婦拮据,日不暇給,又募人為助,已而鳩工愈衆,獲利愈豊,所積米豆充牛刃屋中,缸仗倶增数倍,屋隘不足以容之,又感公之徳,自愧其初之抗也。遂書券以献,公以他房之相近者易焉,房稍寛,其人大悦,不日遷去。〔評〕勢取不得,以恵取之。我不加費而人反誦徳,游於其術而不知也,妙矣哉!
書き下し
海虞の厳相公訥、大宅を城中に営む。基を度りて已に就く。独り民房一楹の錯入し、未だ方円を得ず。其の人は酒腐を鬻ぎ、房は其の世伝なり。司工者、請う、厚価もて之を乞わんと。必ず可かず、憤りて公に訴う。公曰く、「庸うる無し、先ず三面を営むべし」と。工既に興り、公、命じて每日需むる所の酒腐は皆な此の家に取弁せしめ、且つ先に其の値を資す。其の人、夫婦拮据して日に暇あらず、又た人を募りて助けしむ。已にして工を鳩むること愈いよ衆く、利を獲ること愈いよ豊かにして、積む所の米豆は牛刃の屋中に充ち、缸仗は俱に数倍を増す。屋は隘にして以て之を容るるに足らず。又た公の徳に感じ、其の初の抗いを自ら愧ず。遂に券を書して以て献ず。公、他房の相い近き者を以て易う。房は稍や寛く、其の人大いに悦び、不日にして遷り去る。〔評〕勢にて取り得ざれば、惠を以て之を取る。我は費を加えずして人は反って徳を誦う。術に游びて知らず、妙なるかな。
現代語訳
海虞の宰相厳訥は、城中に大邸宅を建てようとした。敷地を測って区画はすでに定まったが、ただ民家一棟だけが入り込んでいて、整った四角にならなかった。その持ち主は豆腐を売っており、家は代々の持ち家だった。工事の責任者は高値で買い取りたいと申し出たが、どうしても承知しなかった。工事の責任者は腹を立てて厳訥に訴えた。厳訥は「手を出すな。まず三面を造ればよい」と言った。工事が始まると、厳訥は毎日必要な酒や豆腐をすべてこの家から調達させ、しかも代金を先払いした。その夫婦は忙しく働いて暇がなく、さらに人を雇って手伝わせた。やがて工事に人が増え、利益はますます増し、蓄えた米や豆は家の中に満ち、かめや道具も数倍に増えた。家は狭くて収めきれなくなった。また、厳訥の恩徳に感じ、最初に拒んだことを自分で恥じた。そしてついに証文を書いて家を差し出した。厳訥は近くの別の家を代わりに与え、少し広い家になったので、持ち主は大いに喜び、まもなく引っ越した。〔評〕力ずくで取れなければ、恵みで手に入れる。自分は費用を増やさずに、相手がかえって恩を称える。術の中に遊んで気づかない、見事である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』雄略・練氏章郇公の高祖は、建州の人にして、王氏に仕えて刺史と為り、章太傅と号す。其の夫人練氏は、智識人に過ぐ。太傅嘗て兵を用いしとき、二将の期に後るる有り、斬らんと欲す。夫人は酒を置き、美姫を飾りて之に進む。太傅は歓ぶこと甚だしく、夜に迨びて飲みて酔う。夫人は密かに二将を摘し、亡げ去らしむ。二将は南唐に奔り、後に南唐の将と為りて建州を攻む。時に太傅は已に死し、夫人は建州に居す。二将は使を遣わし、厚く金帛を以て夫人に遺り、且つ一白旗を以て之に授けて曰く、「吾は且に城を屠らんとす。夫人は旗を植えて識と為すべし。吾は士卒を戒めて犯す勿からしめん」と。夫人は其の金帛を反し、曰く、「君、幸いに旧徳を思わば、願わくは合城の性命を全うせよ。必ず之を屠らんと欲せば、吾が家は衆と俱に死せん。独り生きんことを願わず」と。二将は其の言に感じ、遂に止めて屠らず。〔評議〕夫人の二将を免ずるは、必ず其の有用の才なるを預め知りて之を惜しめばなり。或いは先ず太傅に請いて、従われず、故に計を以て釈き去らしむるのみ。然らずんば、軍法に期に後るる者は死す、夫人は肯えて法を曲げて以て恩を市らんや。後の報を食むに至りては、何ぞ其の巧みなるや。夫人は二将の死を免じ、二将は且つ夫人に因りて一城の死を免ず。夫人の収むる所の者は厚し。按ずるに、太傅の十三子、其の八は夫人の出なり。宋興るに及び、子孫の及第して達官に至る者甚だ衆く、皆八房より出づ。陰徳の報いは、豈に誣いんや。
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『智囊』見大・嚴震厳震、山南に鎮するに、一人有りて銭三百千を乞い、以て過活せんとす。震、子の公弼らを召してこれを問う。公弼曰く、「此は風を患うるのみ。大人、必ずしもこれに応ぜず」と。震怒りて曰く、「爾必ず吾が門を墜さん。只だ吾に力めて善事を行うを勧むべきに、奈何ぞ吾に金帛を吝惜するを勧むるや。且つ此の人、弁ぜざらんに、吾に三百千を乞う、的に凡ならざるなり」と。左右に命じて数に準じてこれに与えしむ。是に於て三川の士、心を帰すること恐後し、亦た造次にして過求する者無し。〔馮述評〕天下の窮まり無き不肖の事は、皆な銭を捨て得ざるより起こる。天下の窮まり無き好事は、皆な銭を捨て得て做さる。古より銭を捨て得ざるの好人無きなり。呉の魯粛、唐の于頔、宋の范仲淹は、都て肯えて大いに手を開く者なり。西呉の董尚書潯陽公份は、家富みて交接に勤む。凡そ衣冠の過賓には、延礼して厚く贈らざる無し。その孫、礼部の青芝公嗣成は、詩字に工みにして、往往にして手書の扇軸及び詩稿を以て人に贈る。尚書これを聞きて曰く、「我が家の勢を以てして、日に金幣を以て歓を為すと雖も、猶お人望を塞がざるを恐る。奈何ぞ清客の行事に效うや。且つ縉紳の家は、自ずから局面有り。豈に復た詩字を以て人の憐れみを得んや。将来吾が家を破る者は、必ず此の子ならん」と。後、民変の事起こるに、尚書已に老い、青芝公は世故に諳んぜず、自ら処分せんことを願い、愚民の望む処、一たび集まれば千人、遂に破産を致す。人始めて尚書の先見に服す。
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『智囊』謬數・梅衡湘梅少司馬衡湘、初め固安令に仕う。固安は中貴多く、令長を狎視す。稍や強項なれば、則ち之と争う。公は気を平らかにして以て待つ。中貴に豚蹄を操りて公に餉り、徴負を為さんことを乞う者有り。公は為に蹄を烹て飲を設け、負者を召して前に使め、之を呵す。負者は貧を以て訴う。公叱して曰く、「貴人の債は何の債ぞ。而るに敢えて貧を以て辞するか。今日必ず償え。之を徐くせば、杖下に死せん」と。負者は泣きて去る。中貴の意は惻然たるに似たり。公これを覚り、乃ち復た呼びて前に使め、額を蹙めて曰く、「吾固より汝の貧しきこと甚だしきを知る。然れども如何ともする無し。亟かに汝の子と汝の妻を鬻ぎ、鏹を持ちて来たれ。然りと雖も、吾は汝の父母たり。何ぞ汝の骨肉をして驟かに離れしむるに忍びん。姑く汝を一日寛くす。夜に帰りて妻子と訣れよ。此の生にて相い見えざらん」と。負者は言を聞きて愈々泣く。中貴も亦泣き、辞して徴するを願わず。為に券を破る。嗣より是れ、中貴の家の負を徴する者、皆寛きに従う。
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『智囊』得情・孫寶・李惠・游顯沿孫宝、京兆尹と為る。饊を売る者有り、今の餅なり。都市に於いて一村民と相逢い、擊ちて落とし皆砕く。村民は五十枚を賠するを認め、売る者は三百枚と堅く称して、以て証する無し。公、別に一枚を買いて之を称らしめ、乃ち砕けたる者を都べて秤り、細かに分両を拆かしむれば、売る者乃ち服す。魏の李恵、雍州刺史と為る。薪を負う者、塩を負う者有り、同じく擔を弛めて樹陰に憩う。将に行かんとして、一つの羊皮を争い、各おの背に藉く物と言う。恵曰く、「此れ甚だ弁じ易し」と。乃ち羊皮を席上に置かしめ、杖を以て之を擊てば、塩屑出ず。薪を負う者乃ち罪に服す。江浙省の游平章顕沿は、政を為すこと清明なり。城中の銀店に一つの蒲団を失う者有り、後に隣家に於いて認め得たるも、隣は服せず、争い詈りて置かず。遊、馬を行らせて至り、其の故を問い、歎じて曰く、「一蒲団の直は幾何ぞ、二家の好みを失う。蒲団を杖つこと七十、棄てて可なり」と。杖つに及びて銀星を得たり。遂に其の隣を罪す。
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