智囊 / 雄略・練氏
章郇公之高祖,建州人,仕王氏為刺史,號章太傅。其夫人練氏,智識過人。太傅嘗用兵,有二將後期,欲斬之,夫人置酒,飾美姬進之,太傅歡甚,迨夜飲醉,夫人密摘二將,使亡去。二將奔南唐,後為南唐將攻建州。時太傅已死,夫人居建州,二將遣使,厚以金帛遺夫人,且以一白旗授之,曰:「吾且屠城,夫人可植旗為識,吾戒士卒令勿犯。」夫人反其金帛,曰:「君幸思舊德,願全合城性命,必欲屠之,吾家與眾俱死,不願獨生也。」二將感其言,遂止不屠。〔評議〕夫人之免二將,必預知其為有用之才而惜之;或先請於太傅,不從,故以計釋去耳。不然,軍法後期者死,夫人肯曲法以市恩乎?至於後之食報,何其巧也!夫人免二將之死,而二將且因夫人以免一城之死,夫人之所收者厚矣。按,太傅十三子,其八為夫人出。及宋興,子孫及第至達官者甚眾,皆出八房。陰德之報,豈誣也哉?
新字:章郇公之高祖,建州人,仕王氏為刺史,号章太傅。其夫人練氏,智識過人。太傅嘗用兵,有二将後期,欲斬之,夫人置酒,飾美姫進之,太傅歓甚,迨夜飲酔,夫人密摘二将,使亡去。二将奔南唐,後為南唐将攻建州。時太傅已死,夫人居建州,二将遣使,厚以金帛遺夫人,且以一白旗授之,曰:「吾且屠城,夫人可植旗為識,吾戒士卒令勿犯。」夫人反其金帛,曰:「君幸思旧徳,願全合城性命,必欲屠之,吾家与衆倶死,不願独生也。」二将感其言,遂止不屠。〔評議〕夫人之免二将,必預知其為有用之才而惜之;或先請於太傅,不従,故以計釈去耳。不然,軍法後期者死,夫人肯曲法以市恩乎?至於後之食報,何其巧也!夫人免二将之死,而二将且因夫人以免一城之死,夫人之所収者厚矣。按,太傅十三子,其八為夫人出。及宋興,子孫及第至達官者甚衆,皆出八房。陰徳之報,豈誣也哉?
書き下し
章郇公の高祖は、建州の人にして、王氏に仕えて刺史と為り、章太傅と号す。其の夫人練氏は、智識人に過ぐ。太傅嘗て兵を用いしとき、二将の期に後るる有り、斬らんと欲す。夫人は酒を置き、美姫を飾りて之に進む。太傅は歓ぶこと甚だしく、夜に迨びて飲みて酔う。夫人は密かに二将を摘し、亡げ去らしむ。二将は南唐に奔り、後に南唐の将と為りて建州を攻む。時に太傅は已に死し、夫人は建州に居す。二将は使を遣わし、厚く金帛を以て夫人に遺り、且つ一白旗を以て之に授けて曰く、「吾は且に城を屠らんとす。夫人は旗を植えて識と為すべし。吾は士卒を戒めて犯す勿からしめん」と。夫人は其の金帛を反し、曰く、「君、幸いに旧徳を思わば、願わくは合城の性命を全うせよ。必ず之を屠らんと欲せば、吾が家は衆と俱に死せん。独り生きんことを願わず」と。二将は其の言に感じ、遂に止めて屠らず。〔評議〕夫人の二将を免ずるは、必ず其の有用の才なるを預め知りて之を惜しめばなり。或いは先ず太傅に請いて、従われず、故に計を以て釈き去らしむるのみ。然らずんば、軍法に期に後るる者は死す、夫人は肯えて法を曲げて以て恩を市らんや。後の報を食むに至りては、何ぞ其の巧みなるや。夫人は二将の死を免じ、二将は且つ夫人に因りて一城の死を免ず。夫人の収むる所の者は厚し。按ずるに、太傅の十三子、其の八は夫人の出なり。宋興るに及び、子孫の及第して達官に至る者甚だ衆く、皆八房より出づ。陰徳の報いは、豈に誣いんや。
現代語訳
章郇公の高祖は、建州の人で、王氏に仕えて刺史となり、章太傅と呼ばれた。その夫人の練氏は、知恵と見識が人に過ぎていた。太傅がかつて兵を用いたとき、二人の将が期日に遅れ、斬ろうとした。夫人は酒席を設け、美しい侍女を着飾らせて太傅に差し出した。太傅は大いに喜び、夜になるまで飲んで酔った。夫人はひそかに二人の将を探し出して、逃がした。二将は南唐に逃れ、のちに南唐の将となって建州を攻めた。そのとき太傅はすでに死に、夫人は建州に住んでいた。二将は使者を遣わし、たくさんの金品を夫人に贈り、さらに一本の白い旗を授けて言った。「私はこれから城を皆殺しにするつもりです。夫人は旗を立てて目印とされよ。私は兵士たちに戒めて、手出しさせません」。夫人はその金品を突き返して言った。「あなたがたがもし昔の恩を思ってくださるなら、どうか城中全員の命を全うさせてください。どうしても皆殺しにするというなら、わが家は皆と一緒に死にます。私ひとりが生き延びることは願いません」。二将はその言葉に感動し、そのまま思いとどまって皆殺しをしなかった。〔評議〕夫人が二将を許したのは、きっと二人が有用な才能だとあらかじめ知っていて、惜しんだのだろう。あるいは先に太傅に頼んで、聞き入れられなかったので、策略で逃がしたのであろう。そうでなければ、軍法では期日に遅れた者は死罪であり、夫人がわざわざ法を曲げて恩を売ることがあろうか。のちに恩返しを受けたことについては、なんと巧みなことか。夫人は二将の死を免じ、二将はまた夫人のおかげで一つの城の人々の死を免れさせた。夫人が収めたものは大きい。考えるに、太傅の十三人の子のうち、八人は夫人の子である。宋が興ると、子孫で科挙に合格し高官に至った者がたいへん多く、みな八つの家系から出ている。陰徳の報いは、どうして偽りであろうか。
解説
この章句が説くこと
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