智囊 / 遠猶・東海錢翁
東海錢翁,以小家致富,欲卜居城中。或言:「某房者,眾已償價七百金,將售矣,亟往圖之。」翁閱房,竟以千金成券。子弟曰:「此房業有成議,今驟增三百,得無溢乎?」翁笑曰:「非爾所知也,吾儕小人,彼違眾而售我,不稍溢,何以塞眾口?且夫欲未饜者,爭端未息。吾以千金而獲七百之舍,彼之望既盈,而他人亦無利於吾屋,歌斯哭斯,從此為錢氏世業無患矣。」已而他居多以價虧求貼,或轉贖,往往成訟,唯錢氏帖然。
新字:東海銭翁,以小家致富,欲卜居城中。或言:「某房者,衆已償価七百金,将售矣,亟往図之。」翁閲房,竟以千金成券。子弟曰:「此房業有成議,今驟增三百,得無溢乎?」翁笑曰:「非爾所知也,吾儕小人,彼違衆而售我,不稍溢,何以塞衆口?且夫欲未饜者,争端未息。吾以千金而獲七百之舎,彼之望既盈,而他人亦無利於吾屋,歌斯哭斯,従此為銭氏世業無患矣。」已而他居多以価虧求貼,或転贖,往往成訟,唯銭氏帖然。
書き下し
東海の銭翁、小家を以て富を致し、城中に卜居せんと欲す。或るひと言う、「某房は、衆已に価七百金を償い、将に售らんとす。亟かに往きて之を図れ」と。翁、房を閲し、竟に千金を以て券を成す。子弟曰く、「此の房は業に成議有り、今驟かに三百を増す、溢するに無からんや」と。翁笑いて曰く、「爾の知る所に非ざるなり。吾が儕は小人なり、彼は衆に違いて我に售る、稍しく溢せざれば、何を以て衆口を塞がん。且つ夫れ欲の未だ饜かざる者は、争端未だ息まず。吾は千金を以て七百の舎を獲、彼の望みは既に盈ち、而して他人も亦た吾が屋に利無し。歌いて斯に哭く、此より銭氏の世業と為りて患い無し」と。已にして他居の多くは価の虧くるを以て貼を求め、或いは転贖して、往往にして訟を成すも、唯だ銭氏のみ帖然たり。
現代語訳
東海の銭翁は、小さな家から身を起こして富を築き、城内に居を構えようとした。ある人が言った。「ある家は、すでに多くの人が七百金の値をつけて、売ろうとしています。急いで行って話をつけなさい」。翁は家を見て、結局千金で証文を作った。子弟が言った。「この家はすでに話がまとまりかけていたのに、急に三百金も上乗せするのは、払いすぎではありませんか」。翁は笑って言った。「おまえたちの知るところではない。我々は小人の家だ。あの者は皆の意向に背いて我々に売るのだから、少し多めに払わなければ、どうして衆口を塞げよう。そもそも欲の満たされない者は、争いの種が尽きない。私は千金で七百の価値の家を得、売り手の望みは満たされ、他の人も我が家で得る利益はなくなる。祝いにも弔いにもなる。これで銭氏の代々の家業として憂いなく続けられる」。まもなく、他の家の多くは値が下がったとして補塡を求めたり、買い戻したりして、しばしば訴訟になったが、銭氏だけが穏やかであった。
解説
この章句が説くこと
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