智囊 / 謬數・梅衡湘
梅少司馬衡湘初仕固安令。固安多中貴,狎視令長;稍強項,則與之爭。公平氣以待。有中貴操豚蹄餉公,乞為徵負。公為烹蹄設飲,使召負者前,呵之,負者訴以貧,公叱曰:「貴人債何債,而敢以貧辭乎?今日必償,徐之,死杖下矣!」負者泣而去,中貴意似惻然,公覺之,乃復呼前,蹙額曰:「吾固知汝貧甚,然無如何也,亟鬻而子與而妻,持鏹來,雖然,吾為汝父母,何忍使汝骨肉驟離?姑寬汝一日,夜歸與妻子訣,此生不得相見矣!」負者聞言愈泣,中貴亦泣,辭不願徵,為之破券。嗣是,中貴家徵負者,皆從寬焉。
新字:梅少司馬衡湘初仕固安令。固安多中貴,狎視令長;稍強項,則与之争。公平気以待。有中貴操豚蹄餉公,乞為徴負。公為烹蹄設飲,使召負者前,呵之,負者訴以貧,公叱曰:「貴人債何債,而敢以貧辞乎?今日必償,徐之,死杖下矣!」負者泣而去,中貴意似惻然,公覚之,乃復呼前,蹙額曰:「吾固知汝貧甚,然無如何也,亟鬻而子与而妻,持鏹来,雖然,吾為汝父母,何忍使汝骨肉驟離?姑寛汝一日,夜帰与妻子訣,此生不得相見矣!」負者聞言愈泣,中貴亦泣,辞不願徴,為之破券。嗣是,中貴家徴負者,皆従寛焉。
書き下し
梅少司馬衡湘、初め固安令に仕う。固安は中貴多く、令長を狎視す。稍や強項なれば、則ち之と争う。公は気を平らかにして以て待つ。中貴に豚蹄を操りて公に餉り、徴負を為さんことを乞う者有り。公は為に蹄を烹て飲を設け、負者を召して前に使め、之を呵す。負者は貧を以て訴う。公叱して曰く、「貴人の債は何の債ぞ。而るに敢えて貧を以て辞するか。今日必ず償え。之を徐くせば、杖下に死せん」と。負者は泣きて去る。中貴の意は惻然たるに似たり。公これを覚り、乃ち復た呼びて前に使め、額を蹙めて曰く、「吾固より汝の貧しきこと甚だしきを知る。然れども如何ともする無し。亟かに汝の子と汝の妻を鬻ぎ、鏹を持ちて来たれ。然りと雖も、吾は汝の父母たり。何ぞ汝の骨肉をして驟かに離れしむるに忍びん。姑く汝を一日寛くす。夜に帰りて妻子と訣れよ。此の生にて相い見えざらん」と。負者は言を聞きて愈々泣く。中貴も亦泣き、辞して徴するを願わず。為に券を破る。嗣より是れ、中貴の家の負を徴する者、皆寛きに従う。
現代語訳
梅衡湘は、のちに兵部侍郎となったが、最初は固安県の令であった。固安は宦官の関係者が多く、県令を軽んじて見下していた。少しでも強気に出れば争いになった。公は気持ちを穏やかにして対応した。ある宦官が豚の足を持って公を訪ね、貸金の取り立てを頼んだ。公はそのために豚の足を煮て酒宴を設け、債務者を呼び出して前に立たせ、叱りつけた。債務者は貧しいと訴えた。公は叱って言った。「貴人の債権はどんな債権だと思う。それなのによくも貧しさを理由に断るか。今日は必ず返せ。遅らせるなら、杖で打ち殺す」。債務者は泣いて去った。宦官は同情するような様子であった。公はそれに気づき、もう一度債務者を呼んで前に立たせ、眉をひそめて言った。「私はお前がひどく貧しいことは知っている。しかしどうしようもない。すぐに子と妻を売って金を持ってこい。そうは言っても、私はお前の父母官だ。どうしてお前の家族を突然引き離すに忍びようか。しばらく今日一日猶予を与える。夜に帰って妻子と別れを告げよ。この世ではもう会えないだろう」。債務者はこの言葉を聞いてますます泣いた。宦官も泣き、取り立てを望まないと辞退した。そのために証文を破いた。これ以降、宦官の家の貸金を取り立てる者は、みな寛大にするようになった。
解説
この章句が説くこと
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