智囊 / 謬數・王守仁
逆濠反,張忠、朱泰誘上親征,而守仁擒濠報至,群奸大失望,肆為飛語中公,又令北軍肆坐慢罵,或故衝導以起釁。公一不為動,務待以禮,預令巡捕官諭市人移家於鄉,而以老羸應門,始欲犒賞北軍,泰等預禁之,令勿受。守仁乃傳諭百姓:北軍離家苦楚,居民當敦主客禮。每出遇北軍喪,必停車問故,厚與之櫬,嗟歎乃去。久之,北軍咸服。會冬至節近,預令城市舉奠。時新經濠亂,哭亡酹酒者,聲聞不絕,北軍無不思家,泣下求歸。
新字:逆濠反,張忠、朱泰誘上親征,而守仁擒濠報至,群奸大失望,肆為飛語中公,又令北軍肆坐慢罵,或故衝導以起釁。公一不為動,務待以礼,預令巡捕官諭市人移家於郷,而以老羸応門,始欲犒賞北軍,泰等預禁之,令勿受。守仁乃伝諭百姓:北軍離家苦楚,居民当敦主客礼。毎出遇北軍喪,必停車問故,厚与之櫬,嗟嘆乃去。久之,北軍咸服。会冬至節近,預令城市舉奠。時新経濠乱,哭亡酹酒者,声聞不絶,北軍無不思家,泣下求帰。
書き下し
逆濠、反し、張忠、朱泰、上を誘いて親征せしむ。而れども守仁、濠を擒にして報至り、群奸大いに失望し、肆に飛語を為して公を中り、又た北軍をして肆に坐して慢罵せしめ、或いは故に衝導して以て釁を起こさしむ。公、一も動かざるを為し、務めて待つに礼を以てす。預め巡捕官をして市人に諭して家を郷に移さしめ、而して老羸を以て門に応ぜしむ。始め北軍を犒賞せんと欲するも、泰ら預め之を禁じ、受くる勿からしむ。守仁、乃ち百姓に伝諭す、「北軍は家を離れて苦楚す、居民は当に主客の礼を敦くすべし」と。每に出でて北軍の喪に遇えば、必ず車を停めて故を問い、厚く之に櫬を与え、嗟歎して乃ち去る。久しくして北軍咸な服す。会たま冬至の節近く、預め城市をして奠を挙げしむ。時に新たに濠の乱を経たり、亡を哭し酒を酹ぐ者、声、聞こえて絶えず、北軍、家を思わざる無く、泣下りて帰らんことを求む。
現代語訳
逆賊の寧王宸濠が反乱を起こすと、張忠と朱泰は皇帝を誘って自ら親征させようとした。しかし王守仁が宸濠を捕らえた報告が届いたため、佞臣たちは大いに失望し、好き勝手に流言を飛ばして王守仁を中傷し、さらに北方の兵に座り込んで罵らせたり、わざとぶつかって揉め事を起こさせたりした。王守仁は少しも動じず、努めて礼をもって待遇した。あらかじめ巡捕官に命じて、市の人々に家族を郷里に移させ、老人や弱者を門に応対させた。はじめ王守仁は北軍を酒食でねぎらおうとしたが、朱泰らが先に禁じて受け取らせなかった。王守仁は百姓にこう伝えた、「北軍は家を離れて辛い思いをしている。住民は主人と客の礼を厚くせよ」と。外出して北軍の葬列に出会うと、必ず車を止めて理由を聞き、手厚く棺を与え、嘆いてから立ち去った。しばらくして北軍はみな心服した。やがて冬至の節が近づくと、あらかじめ町中に供え物をさせた。ちょうど宸濠の乱を経たばかりで、亡き人を悼み酒を注ぐ声が絶えず聞こえ、北軍は故郷を思わない者がなく、泣いて帰りたいと願い出た。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』迎刃・王守仁陽明は逆濠を擒えしめ、浙省に囚う。時に武廟は南幸し、留都に駐蹕す。中官は陽明を誘いて濠を釈して江西に還さしめ、聖駕の親征して擒獲するを俟たんとし、二中貴を差して浙省に至りて旨を諭す。陽明は中官に領状を具えしむることを責め、中官は懼れ、事は遂に寝む。〔馮述評〕楊継宗は嘉興に知たりし日、内臣の往来して、百方に賂を索む。宗曰く、「諾」と。牒を出して庫金を取り、太監に送りて布帛を買いて餽らしめ、因りて印券を索めて附して案に帰し、以て他日の磨勘に便とせんと。内臣は舌を咋み、敢えて受けず。事は亦た此れに類す。江彬らは守仁の功を忌み、流言して謂う、「守仁は始め濠と同謀し、已に天兵の下征するを聞き、乃ち濠を擒えて自ら脱せるなり」と。並びに守仁を擒えて自ら功を為さんと欲す。守仁は張永と計り、謂う、「天意に将順せば、猶お万一を挽回す可し。苟しくも逆らいて之に抗わば、徒らに群小の怒りを激さん」と。乃ち濠を以て永に付し、再び捷音を上り、功を総督軍門に帰し、以て上の江西に行くを止め、病と称して浄慈寺にあり。永は帰りて極めて守仁の忠及び功を譲り禍を避くるの意を称す。上は悟り、乃ち免る。
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『智囊』靈變・徐文貞・王守仁守仁に侍児有り、年十四なり。佐らの謀を知り、夜に帳中に入りて公に告ぐ。公は大いに驚き、旦に達るまで寐ねず、人をして蘇、受に告げしむ、「讒言を信ずる毋かれ、我は必ず若らを殺さず」と。受は疑い懼れて未だ決せず、言う、「来り見ゆる時には必ず兵衛を陳ねん」と。公は之を許す。受は復た言う、「軍門の左右の祗候は、須らく尽く田州の人に易うべし。易えずんば即ち見ず」と。公は已むを得ず、又た之を許す。蘇、受は軍門に入る。兵衛は充斥し、郡人は大いに恐る。公は之を数め、論じて杖百とす。蘇、受は甲を免れずして杖たる。杖つ人も又た田州の人なり。是れに由りて安然として杖を受けて出で、諸蛮は咸な帖す。〔按〕龍光、字は沖虚、吉水の人、県丞を以て致仕す。王公の虔南に督軍せし日、辟して参謀と為す。宸濠の変に、公は舟を易えて南のかた吉安に趨く。光は実に之を贊し、一切の籌畫は多く光に出づ。後九年、田州の役に、公は復た光を檄して以て従わしめ、卒に諸蛮を定む。亦た異人なり。陳眉公は其の功賞の廃閣するを惜しみ、為に伝を立つ。
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『智囊』靈變・徐文貞・王守仁留都の振武軍は賞を邀えて帖を投じ、詞は甚だ不遜なり。衆はこれを憂う。徐文貞は面ずから操江都御史に諭す、「出でて龍江関に居り、江操の兵を整理せよ。万一事有らば、即ち京城に据りて江兵を調え、其の孝陵に入る路を杜げ」と。且つ曰く、「事は密なるを須いず、正に其れをして吾が意を聞かしめ、各々自ら計を為さしめんと欲するなり」と。変は遂に寝む。王公守仁は蒼梧に至るや、諸蛮は公の先声を聞き、皆な股栗して命を聴く。而るに公は顧って益々韜晦し、明年七月を以て南寧に至り、人をして降を蘇受に約せしむ。受は陽り諾して陰かに両端を持し、衆二万人を擁して降り、実は来たりて釁を観る。公は門客の龍光を遣わして往きて意を諭さしむ。受の衆は刃を露わすこと雪の如く、これを環ること数十里、呼声は天を震わす。光は胡牀に坐し、蛮を引きて前に跪かしめ、朝廷の威徳と軍門の寛厚にして殺さざるの意を宣ぶ。辞は懇ろに声は厲しく、意態は閒暇なり。光の貌は清古にして、鼻に髭多く、頗る王公に類す。受は故に嘗て公の貌を物色す。竊かに公の潜かに来れるかと疑い、咸な俯首して款を献じ、誓って敢えて負かずと。議は遂に定まる。然れども猶お精兵二千を以て自衛し、南寧に至り、投見の日有り。而るに公の愛する所の指揮の王佐、門客の岑伯高は、雅く公に蘇受を殺す意なきを知り、人をして蘇受に言わしむ、「須らく万金を納めて命を丐うべし」と。蘇受は大いに悔い、恚りて言う、「督府は我を誑く。且つ倉卒に安んぞ万金を得ん。反する有るのみ」と。
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『智囊』遠猶・王守仁陽明公、既に逆濠を擒にするや、江彬ら始めて至る。遂に流言して公を誣うるも、公は絶えて意と為さず。初めて謁見するに、彬輩は皆席を旁に設け、公をして坐せしむ。公は佯りて知らざるが為し、竟に上席に坐し、而して旁席を転じて下に置く。彬輩遽かに悪語を出す。公は常行の交際の事体を以て気を平らかにして之を諭す。復た公の為に解く者有りて、乃ち止む。公は一坐を争うに非ざるなり。恐るるは、一たび節制を受けば、則ち事機皆な彼に聴きて為すべからざらんことを。
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『智囊』制勝・王守仁王陽明、事を勘するを以て豐城を過ぎ、逆濠の變を聞く。兵力未だ具わらず、亟かに流れを溯りて吉安に趨かんと欲す。舟人、濠が千餘人を發して公を劫かさんとするを聞き、畏れて發せず。公、劍を拔きて其の耳を馘り、遂に行く。薄暮、前むべからざるを度り、潛かに漁舟を覓め、微服して以て行き、麾下の一人を留め、己の冠服を服して舟中に居らしむ。濠の兵、果たして舟を犯し、偽者を得て、公の去ること遠きを知り、乃ち罷む。公、中途に至り、濠の速やかに出でんことを恐れ、乃ち間諜を為し、朝廷の密旨を奉ずと假り、兩廣に行令す。湖襄の都御史及び南京の兵部、各々將に命じて師を出だし、暗かに要害の地方に伏せ、以て寧府の兵の至るを俟ちて襲殺せしむ。復た優人數輩を取り、各々公文を將て裌衣の絮中に置き、將に發せんとする間に、又偽太師の家屬を捕捉して舟尾に至らしめ、其をして覘知せしむ。公、即ち佯り怒り、牽きて岸に上げて斬に處せんとし、已にして故らに之を縱ち、其をして奔り報ぜしむ。濠、優を獲て、果たして衣中より公文を搜し得、遂に遲疑して發せず。公、吉安に至り、調度兵糧、粗々備わり、始めて檄を傳えて兵を徵し、濠の罪惡を暴く。濠、公の賣る所と為るを知り、憤然として出でんと欲す。公謂う、「急に其の鋒を犯すは、計に非ざるなり。宜しく自ら守りて出でざるの形を示し、必ず其の出ずるを俟ち、然る後に尾して之を圖るべし。先ず省城を復し、以て其の巢を傾けん。彼聞かば必ず兵を回して來り援けん。我は則ち兵を出だして邀撃せん。此れ全勝の策なり」と。
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『智囊』制勝・王守仁濠、果たして人をして公の出でざるを探らしめ、乃ち兵萬餘を留めて省城を守らしめ、而して自ら兵を引いて東に下る。公、濠の已に出ずるを聞き、遂に急に各府の兵を促し、期を刻して豐城に會せしむ。時に濠の兵、已に安慶を圍む。眾議、宜しく急ぎ往き救うべしとす。公謂う、「九江、南康、皆な已に賊の據る所と為る。而して南昌城中は精悍萬餘、食貨重積す。我が兵、若し安慶に抵らば、賊は必ず軍を回して死鬪し、安慶の兵は僅かに自守するに足るのみにして、必ず出でて夾撃する能わず。賊をして南昌の兵に令して我が糧道を絕たしめ、九江、南康、勢いを合わせて撓攝し、而して四方の援は又望むべからざれば、事は其れ危うし。今、我が師、驟かに集まり、先聲の加わる所、城中必ず恐れん。力を並せて急に攻めば、其の勢い必ず下さん。此れ孫子の趙を救うに魏に趨くの計なり」と。偵者言う、「新、舊の廠に伏兵萬餘、以て犄角に備う」と。公、兵を遣わして間道より襲いて之を破る。潰卒、城に入り、城中、王師の雨のごとく集まるを知り、皆な大いに駭き、遂に一鼓にして之を下す。濠、我が兵の豐城に至るを聞き、即ち舟を回さんと欲す。李士實、諫めて以為えらく、「必ず須く徑ちに南京に往くべし。既に大寶に登らば、則ち江西は自ずから服せん」と。濠聽かず、遂に安慶の圍みを解き、兵を移して阮子江に泊し、歸援の計を為す。公、濠の兵の且に至らんとするを聞き、眾を召して之を議す。眾云う、「宜しく兵を斂めて城に入り、壁を堅くして援を待つべし」と。
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