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智囊 / 知微・夏翁・尤翁

夏翁,江陰巨族,嘗舟行過市橋。一人擔糞,傾入其舟,濺及翁衣,其人舊識也。僮輩怒,欲毆之。翁曰:「此出不知耳。知我寧肯相犯?」因好語遣之。及歸,閱債籍,此人乃負三十金無償,欲因以求死。翁為之折券。長洲尤翁開錢典,歲底,聞外哄聲,出視,則鄰人也。司典者前訴曰:「某將衣質錢,今空手來取,反出詈語,有是理乎?」其人悍然不遜。翁徐諭之曰:「我知汝意,不過為過新年計耳。此小事,何以爭為?」命檢原質,得衣帷四五事,翁指絮衣曰:「此禦寒不可少。」又指道袍曰:「與汝為拜年用,他物非所急,自可留也。」其人得二件,默然而去。是夜竟死於他家,涉訟經年。蓋此人因負債多,已服毒,知尤富可詐,既不獲,則移於他家耳。或問尤翁:「何以預知而忍之?」翁曰:「凡非理相加,其中必有所恃,小不忍則禍立至矣。」人服其識。

新字:夏翁,江陰巨族,嘗舟行過市橋。一人担糞,傾入其舟,濺及翁衣,其人旧識也。僮輩怒,欲殴之。翁曰:「此出不知耳。知我寧肯相犯?」因好語遣之。及帰,閲債籍,此人乃負三十金無償,欲因以求死。翁為之折券。長洲尤翁開銭典,歳底,聞外哄声,出視,則鄰人也。司典者前訴曰:「某将衣質銭,今空手来取,反出詈語,有是理乎?」其人悍然不遜。翁徐諭之曰:「我知汝意,不過為過新年計耳。此小事,何以争為?」命検原質,得衣帷四五事,翁指絮衣曰:「此禦寒不可少。」又指道袍曰:「与汝為拝年用,他物非所急,自可留也。」其人得二件,黙然而去。是夜竟死於他家,渉訟経年。蓋此人因負債多,已服毒,知尤富可詐,既不獲,則移於他家耳。或問尤翁:「何以預知而忍之?」翁曰:「凡非理相加,其中必有所恃,小不忍則禍立至矣。」人服其識。

書き下し

夏翁は江陰の巨族である。嘗て舟で行き市橋を過ぎた。一人が糞を担い、その舟に傾け入れ、翁の衣に濺いだ。その人は旧識であった。僮輩は怒って殴ろうとした。翁は曰く、「これは知らずして出たことだ。我と知れば、どうして犯そうか」と。そこで好語して遣った。帰るに及んで、債籍を閲すると、この人は三十金を負って償う無く、これによって死を求めようとしていたのである。翁はこれが為に券を折った。長洲の尤翁は銭典を開いていた。歳底に、外で哄ぐ声を聞き、出て視ると鄰人であった。司典者が前に訴えて曰く、「某は衣を将て銭を質とし、今、空手で来て取ろうとし、反って罵詈の語を出しました。そんな理がありましょうか」と。その人は悍然として遜らなかった。翁は徐ろに諭して曰く、「我は汝の意を知っている。新年を過ごす計のためにすぎない。これは小事だ、どうして争うのか」と。原質を検えさせると、衣帷が四五事あった。翁は絮衣を指して、「これは寒さを禦ぐに少なくできぬ」と言い、また道袍を指して、「汝のために拝年に用いよ。他の物は急ぐ所ではない、自ら留めておいてよい」と言った。その人は二件を得て、黙して去った。この夜、竟に他家で死に、訟えが経年に及んだ。蓋しこの人は債を負うこと多く、已に毒を服していて、尤が富むので詐れると知ったが、獲られなかったので、他家に移ったのである。或るひとが尤翁に問うた、「どうして預め知って忍んだのですか」と。翁は曰く、「およそ非理が相加わるのは、その中に必ず恃む所があるからだ。小さな不忍は禍が立ちどころに至る」と。人はその識に服した。

現代語訳

夏翁は江陰の名門であった。かつて舟で市場の橋を通り過ぎたとき、一人の男が糞を担ぎ、それを翁の舟にこぼし入れて、翁の衣にはねかけた。その男は旧知の者であった。僕たちは怒って殴ろうとした。翁は言った。「これは知らずにやったことだ。私だと分かっていれば、どうして無礼をはたらこうか」。そこで穏やかな言葉をかけて帰らせた。家に帰ってから、貸付の帳簿を調べると、この男は三十金の借金があり、返す当てがなく、死に場所を求めて故意にやったのだった。翁は彼のために証文を破り捨てた。長洲の尤翁は質屋を営んでいた。年の暮れに、外が騒がしいので出て見ると、隣人であった。担当者が進み出て訴えた。「この男は衣を質に入れて銭を借りましたが、今、手ぶらで取り戻しに来て、あべこべに罵ったのです。そんな道理がありますか」。その男は荒々しく不遜であった。翁はゆっくりと諭した。「私はお前の気持ちが分かる。新年を迎える準備のためだろう。これは小さなこと、どうして争うのか」。質草を調べさせると、衣や帳など四、五点があった。翁は綿入れを指して、「これは寒さを防ぐのに欠かせない」と言い、また道袍を指して、「お前の新年の挨拶まわりに使え。他の物は急がないから、置いておいてよい」と言った。男は二点を受け取り、黙って去った。この夜、男は他の家で死に、訴訟は一年続いた。思うにこの男は借金が多く、すでに毒を飲んでおり、尤が富んでいるので脅し取れると見たが、得られなかったので他の家に移ったのである。ある人が尤翁に尋ねた。「どうして前もって分かって堪えられたのですか」。翁は言った。「理に外れた仕打ちがあるのは、必ず何か頼みとするものがあるからだ。小さな堪忍をしなければ、禍がたちまちやって来る」。人々はその見識に感服した。

解説

夏翁と尤翁の話は、理不尽な振る舞いに遭ったとき、表面の怒りよりも、その裏に必ず切迫した事情や頼みとするものがあると考え、冷静に対処する知恵を示しています。夏翁は借金に苦しむ男の思惑を後で知って証文を破り、尤翁は死を覚悟した隣人の企みを察して譲歩し、禍を他に移しました。現代の管理職も、取引先やクレーマーの突飛な言動に直面したとき、感情的に対抗せず、背景を探ってから対応を決めるべきです。ただし、これは譲歩が常に正しいという意味ではなく、状況の見極めが前提だと次の話が補足しています。

この章句が説くこと

非理相加小不忍則禍立至折券トラブル対応背景を読む堪忍

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