智囊 / 雄略・邑宰妾
萬曆中,政務寬緩,刑部囚人多老死者。某鄉科,北人,為邑宰,坐事入詔獄,久之不得雪,且老矣。己分必死,而自傷無子,乃盡鬻其產,營一室於近處,置所愛妾,而厚賂典獄者,陰出入焉。有姪頗不肖,稍竊其資,入博場中,為邏者所疑,窮詰之,因盡吐,且云:「家有一青騾子,叔行必乘之,無事則出賃,請以騾為驗。」邏者伺數日,果如其言,宰方與妾對食中堂,群邏至,驚失箸,妾遽起迎曰:「翁膽薄,毋相迫,爾曹與翁有隙耶?」曰:「無之。」曰:「若然,不過欲多得金耳,金屬我掌,第隨我行,當以飽汝。」邏者顧婦人貌美而言甘,乃留一人守視宰,而群尾妾入房,妾指所臥牀曰:「金在其顛。」攜小梯而登,眾自下謔之,殊不怒,笑聲達於外。須臾,捧一匣下,發之多金,妾曰:「未也。」再捧一巨箱下,大鏹實焉,眾攫金,聲愈哄。
新字:万暦中,政務寛緩,刑部囚人多老死者。某郷科,北人,為邑宰,坐事入詔獄,久之不得雪,且老矣。己分必死,而自傷無子,乃尽鬻其産,営一室於近処,置所愛妾,而厚賂典獄者,陰出入焉。有姪頗不肖,稍窃其資,入博場中,為邏者所疑,窮詰之,因尽吐,且云:「家有一青騾子,叔行必乗之,無事則出賃,請以騾為験。」邏者伺数日,果如其言,宰方与妾対食中堂,群邏至,驚失箸,妾遽起迎曰:「翁胆薄,毋相迫,爾曹与翁有隙耶?」曰:「無之。」曰:「若然,不過欲多得金耳,金属我掌,第随我行,当以飽汝。」邏者顧婦人貌美而言甘,乃留一人守視宰,而群尾妾入房,妾指所臥牀曰:「金在其顛。」攜小梯而登,衆自下謔之,殊不怒,笑声達於外。須臾,捧一匣下,発之多金,妾曰:「未也。」再捧一巨箱下,大鏹実焉,衆攫金,声愈哄。
書き下し
万暦中、政務寛緩にして、刑部の囚人の老いて死する者多し。某は郷科にして、北人なり、邑宰と為り、事に坐して詔獄に入る。久しくして雪ぐを得ず、且つ老いたり。己は必ず死せんと分し、而して子無きを自ら傷み、乃ち尽く其の産を鬻ぎ、一室を近き処に営み、愛する所の妾を置き、典獄者に厚く賂して、陰かに出入す。姪有り、頗る不肖にして、稍や其の資を窃み、博場の中に入り、邏者の疑う所と為り、之を窮詰するに、因りて尽く吐く。且つ云う、「家に一青騾子有り、叔の行くには必ず之に乗る。事無ければ則ち出でて賃す。請う騾を以て験と為せ」と。邏者は数日伺うに、果たして其の言の如し。宰は方に妾と中堂に対食するに、群邏至り、驚きて箸を失う。妾は遽かに起ちて迎えて曰く、「翁は胆薄し、相迫る毋かれ。爾が曹、翁と隙有るか」と。曰く、「之無し」と。曰く、「若し然らば、金を多く得んと欲するに過ぎざるのみ。金は我が掌に属す。第だ我に随いて行け。当に以て汝を飽かしむべし」と。邏者は婦人の貌美にして言の甘きを顧み、乃ち一人を留めて宰を守視せしめ、而して群れて妾に尾いて房に入る。妾は臥す所の牀を指して曰く、「金は其の顛に在り」と。小梯を携えて登れば、衆は下より之を謔る。殊に怒らず、笑声外に達す。須臾にして、一匣を捧げて下れば、之を発くに金多し。妾曰く、「未だなり」と。再び一巨箱を捧げて下れば、大鏹実てり。衆は金を攫み、声愈いよ哄し。
現代語訳
万暦年間、政務が緩やかで、刑部の囚人には老いて獄中で死ぬ者が多かった。ある郷試合格者で北方の人が、県の長官となったが、事件に連座して詔獄に入れられた。長いあいだ無実を晴らせず、しかも老いていた。自分は必ず死ぬと覚悟し、跡継ぎのいないことを自ら嘆き、そこで財産をすべて売り払い、近くの場所に一室を設け、愛する妾を置き、獄吏に厚く賄賂を贈って、ひそかに出入りしていた。その甥がたいへん不肖の者で、少しずつ叔父の金を盗み、賭博場に入り、巡邏の者に疑われた。厳しく問い詰められて、すべて白状した。さらに言った。「家に一頭の青い騾馬がいて、叔父が出かけるときは必ずそれに乗ります。用がないときは出して貸します。どうか騾馬を確かめてください」。巡邏の者が数日うかがうと、はたして言葉どおりであった。長官がちょうど妾と母屋で向かい合って食事しているとき、巡邏の者たちが押し入り、長官は驚いて箸を落とした。妾はすぐに立ち上がって迎えて言った。「旦那様は気が小さいのです、あまり責めないでください。あなたがたは旦那様と何か恨みでもあるのですか」。「ない」と答えた。「それなら、金をたくさん得たいだけでしょう。金は私の手元にあります。ただ私について来てください。あなたがたを満足させましょう」。巡邏の者たちは、女が美しく言葉が甘いのを見て、一人を残して長官を見張らせ、他の者たちは群れて妾について部屋に入った。妾は寝台を指して言った。「金はその上にあります」。小さな梯子を持って登ると、皆は下から冗談を言ってからかった。妾は少しも怒らず、笑い声が外まで聞こえた。しばらくして、箱をひとつ捧げて降り、開けると金がたくさん入っていた。妾は「まだです」と言った。もう一度、大きな箱を捧げて降りると、大きな銀の延べ棒がぎっしり詰まっていた。皆は金をつかみ、騒ぎはますます大きくなった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』雄略・邑宰妾守る者は金を分かつを貪り、忍ぶ能わず、足は覚えず前む。宰は間を以て潜かに逸す。衆は金を懐にして既に饜き、出でて宰を失うを視、懼れて走らんと欲す。妾は弱き者一人を択びて力めて之を持し、大いに呼ぶ、「攫金の賊在り」と。衆は奮拳して斉しく毆り、歯甲俱に集う。妾は且に死せんとするも、終に釈かず、声愈いよ厲し。外の人を動かし、外の人入り、衆は竄り、其の一を獲たり。並びに妾の持する所の者と両人を、巡城の潘御史の中に送る。妾は群凶の淫貪の状を訴え、兼ねて失う所の鬻産の銀数を具す。此の両人は諱む能わず、尽く其の党の姓名を供す。頃之くして、悉く擒えて至り、銀は猶お懐に在り。而して犯官の逸出するを以て解と為す。御史は詔獄を視しむるに、則ち宰焉に在り、衆は語塞がり、乃ち罪を不肖の姪に委ぬ。御史は姪を収め、尽く箠の下に斃す。妾は故の金を取りて帰り、数を籍して宰に報じ、病むこと数日にして、乃ち死す。〔評〕獄中の囚の私に出入するは、法に非ざるなり。詔獄甚だし。方に群邏の押し至るや、宰を以て奇貨と為さざらんや。膽薄と言いて其の志を堅くし、金多しと言いて其の欲に中て、謔を忍びて以て之を堅くし、空橐を以て之を餌す。守者を怠らせて宰を逸すは、固より已に吾が算の中に在り。其の不意に出で、一弱を持して以て衆強を羈す。仮令い身は老拳の下に斃るるとも、罪人其れ免れんや。群凶先に我が死するに至りても、目は瞑すべきなり。婦の智は言うを必とせず。独り其の猝にして乱れず、死して怵れず、従容として功に就くは、丈夫の智の逮ばざる所有り。惜しむらくは伝うる者其の名を逸す。然りと雖も、千秋の下、一邑宰の妾有りて浣紗女、鋭司徒の妻、車中の女子の儔に在るを知らば、斯れ友無しと為さざるなり。
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