説苑 / 說叢
進賢受上賞,蔽賢蒙顯戮,古之通義也;爵人於朝,淪人於市,古之通法也。
新字:進賢受上賞,蔽賢蒙顕戮,古之通義也;爵人於朝,淪人於市,古之通法也。
書き下し
賢を進むれば上賞を受け、賢を蔽えば顯戮を蒙る、古の通義なり。人を朝に爵し、人を市に淪す、古の通法なり。
現代語訳
賢者を推挙すれば手厚い恩賞を受け、賢者を覆い隠して埋もれさせれば公然たる処罰を受ける、これが古来の共通する道義である。人に爵位を授けるときは朝廷で公にし、人を処罰するときは市中で公にする、これが古来の共通する法である。
解説
人材の推挙とその隠蔽に対する賞罰の原則、そして賞罰を公の場で行うという透明性の原則を示す章である。有能な人材を見出し推挙することを積極的に評価し、逆に有能な人材を握りつぶし埋もれさせることを重い処罰の対象とするという発想は、組織における人材登用の健全性を担保する仕組みとして先進的である。また賞罰を人目につく公の場で行うという原則は、恣意的な評価や不透明な人事を防ぎ、組織全体の納得感を得るための工夫であり、現代のガバナンスや人事評価における公正性・透明性の要請にそのまま通じる。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
人材登用透明性賞罰
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孟子・梁惠王章句下孟子、齊の宣王に見えて曰く、「所謂故國とは、喬木有るの謂を謂うに非ざるなり。世臣有るの謂なり。王には親臣無し。昔者(セキ・ジャ)進むる所、今日其の亡を知らざるなり。」王曰く、「吾、何を以て其の不才を識りて之を舍てん。」曰く、「國君、賢を進むること已むを得ざるが如くす。將に卑をして尊を踰え、疏をして戚を踰えしめんとす。慎まざる可けんや。左右皆賢なりと曰うも、未だ可ならざるなり。諸大夫皆賢と曰うも、未だ可ならざるなり。國人皆賢と曰う、然る後に之を察し、賢なるを見て、然る後に之を用いよ。左右皆不可と曰うも、聽く勿れ。諸大夫皆不可と曰うも、聽く勿れ。國人皆不可と曰う、然る後に之を察し、不可なるを見て、然る後に之を去れ。左右皆殺す可しと曰うも、聽く勿れ。諸大夫皆殺す可しと曰うも、聽く勿れ。國人皆殺す可しと曰う、然る後に之を察し、殺す可きを見て、然る後に之を殺せ。故に曰く、國人之を殺すなり、と。此の如くにして、然る後以て民の父母為る可し。」
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史記 范雎蔡沢列伝穣侯・華陽君は、昭王の母宣太后の弟なり。而して涇陽君・高陵君は皆昭王の同母弟なり。穣侯相たり、三人の者更々将たり、封邑有り、太后の故を以て、私家の富は王室より重し。穣侯の秦の将と為るに及び、且に韓・魏を越えて斉の綱寿を伐ち、以てその陶の封を広めんと欲す。范睢乃ち上書して曰く、臣聞く、明主の政を立つるや、功有る者は賞せざるを得ず、能有る者は官せざるを得ず、労大なる者はその禄厚く、功多き者はその爵尊く、能く衆を治むる者はその官大なり。故に無能の者は敢へて職に当たらず、能有る者もまた蔽隠するを得ず。臣の言を以て可と為さば、願はくは行ひて益々その道を利せよ。臣の言を以て不可と為さば、久しく臣を留むるは為す無きなり。語に曰く「庸主は愛する所を賞して悪む所を罰す。明主は則ち然らず、賞は必ず功有るに加へ、刑は必ず罪有るに断ず」と。今、臣の胸は以て椹質に当たるに足らず、要は以て斧鉞を待つに足らず、豈に敢へて疑事を以て王に嘗試せんや。臣を以て賤人と為して軽辱すと雖も、独り臣を任ずる者の王に反覆無きを重んぜざるか。且つ臣聞く、周に砥砨有り、宋に結緑有り、梁に県藜有り、楚に和樸有り。此の四宝は、土の生ずる所、良工の失ふ所なり、而して天下の名器と為る。然らば則ち聖王の棄つる所の者は、独り以て国家を厚くするに足らざらんや。臣聞く、善く家を厚くする者はこれを国に取り、善く国を厚くする者はこれを諸侯に取る。天下に明主有らば則ち諸侯擅に厚くするを得ざるは、何ぞや。その栄を割くが為なり。良医は病人の死生を知り、而して聖主は成敗の事に明らかなり。利あらば則ちこれを行ひ、害あらば則ちこれを捨て、疑はしければ則ち少しくこれを嘗む。舜・禹また生まるると雖も、改むる能はざるのみ。語の至れる者は、臣敢へてこれを書に載せず、その浅き者はまた聴くに足らざるなり。
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『春秋左氏伝』襄公二十六年 楚材晋用對へて曰く、「晉の卿は楚に如かず。其の大夫は則ち賢なり。皆卿の材なり。杞梓・皮革の、楚より往くが如し。楚に材有りと雖も、晉實に之を用ゐる」と。子木曰く、「夫れ獨り族姻無からんや」と。對へて曰く、「有りと雖も、楚の材を用ゐること實に多し。歸生之を聞く、善く國を為むる者は、賞僭はずして刑濫れず。賞僭へば則ち淫人に及ばんことを懼れ、刑濫るれば則ち善人に及ばんことを懼る。若し不幸にして過たば、寧ろ僭ふとも濫るること無かれ。其の善を失はんよりは、寧ろ其れ淫を利せよ。善人無ければ、則ち國之に從ふ。詩に曰く、『人の云に亡ぶる、邦國殄瘁す』と。善人無きの謂ひなり。故に夏書に曰く、『其の不辜を殺さんよりは、寧ろ不經を失せよ』と。善を失はんことを懼るるなり。商頌に之有りて曰く、『僭はず濫れず、敢へて怠皇せず。下國に命じて、厥の福を封建す』と。此れ湯の天福を獲たる所以なり。古の民を治むる者は、賞を勸めて刑を畏れ、民を恤へて倦まず。賞するに春夏を以てし、刑するに秋冬を以てす。是を以て將に賞せんとすれば之が為に膳を加ふ。膳を加ふれば則ち飫賜す。此を以て其の賞を勸むるを知るなり。
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貞観政要・択官国家、忠良を進め、不肖を退けんことを思欲すること、十有余載なり。徒らに其の語を聞くも、其の人を見ざるは、何ぞや。蓋し之を言うは是にして、之を行うは非なればなり。之を言うこと是なれば、則ち公道より出づ。之を行うこと非なれば、則ち邪径に渉る。是非相い乱れ、好悪相い攻む。愛する所は罪有りと雖も、刑に及ばず。悪む所は辜(つみ)無しと雖も、罰を免れず。此れ所謂る之を愛せば其の生を欲し、之を悪めば其の死を欲する者なり。或いは小悪を以て大善を棄て、或いは小過を以て大功を忘る。此れ所謂る「君の賞は功無くして求むべからず、君の罰は罪有りて免るべからず」と者なり。賞は以て善を勧めず、罰は以て悪を懲らさずして、邪正の惑わざるを望む。其れ得べけんや。若し賞は疎遠を遺(わす)れず、罰は親貴に阿らず、公平を以て規矩と為し、仁義を以て準縄と為し、事を考えて以て其の名を正し、名に循いて以て其の実を求めば、則ち邪正は隠るる莫く、善悪は自ら分かれん。然る後に其の実を取り、其の華を尚ばず、其の厚きに処り、其の薄きに居らずんば、則ち言わずして化し、期月にして知るべし。若し徒らに美錦を愛して、民の為に官を択ばず、至公の言有りて、至公の実無く、愛して其の悪を知らず、憎みて遂に其の善を忘れ、私情に徇(したが)いて以て邪佞に近づき、公道に背きて忠良を遠ざけば、則ち夙夜怠らず、神を労し思いを苦しむと雖も、将に至理を求めんとするも、得べからざるなり。
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