説苑 / 說叢
進賢受上賞,蔽賢蒙顯戮,古之通義也;爵人於朝,淪人於市,古之通法也。
新字:進賢受上賞,蔽賢蒙顕戮,古之通義也;爵人於朝,淪人於市,古之通法也。
書き下し
賢を進むれば上賞を受け、賢を蔽えば顯戮を蒙る、古の通義なり。人を朝に爵し、人を市に淪す、古の通法なり。
現代語訳
賢者を推挙すれば手厚い恩賞を受け、賢者を覆い隠して埋もれさせれば公然たる処罰を受ける、これが古来の共通する道義である。人に爵位を授けるときは朝廷で公にし、人を処罰するときは市中で公にする、これが古来の共通する法である。
解説
人材の推挙とその隠蔽に対する賞罰の原則、そして賞罰を公の場で行うという透明性の原則を示す章である。有能な人材を見出し推挙することを積極的に評価し、逆に有能な人材を握りつぶし埋もれさせることを重い処罰の対象とするという発想は、組織における人材登用の健全性を担保する仕組みとして先進的である。また賞罰を人目につく公の場で行うという原則は、恣意的な評価や不透明な人事を防ぎ、組織全体の納得感を得るための工夫であり、現代のガバナンスや人事評価における公正性・透明性の要請にそのまま通じる。
この章句が説くこと
人材登用透明性賞罰
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