福翁自伝 / 王政維新・官賊の間に偏せず党せず
それで先ず官軍は存外柔かなものであって、何も心配はない。併し政治上の事は極めて鋭敏なもので、嫌疑と云うことがあっては是れは容易ならぬ訳けであるから、ソレを明にする為めに、私は一切万事何も斯も打明けて、一口に云えば塾も住居も殻明きにして仕舞い、何処を捜した所で鉄砲は勿論一挺もなし、刃物もなければ飛道具もない、一目明白、直に分るようにしました。始終爾う云う身構えにして居るから、私の処には官軍方の人も颯々と来れば、賊軍の人も颯々と出入りして居て、私は官でも賊でも一切構わぬ、何方に向ても依怙贔屓なしに扱て居るから、双方共に朋友でした。その時に斯う云う面白い事がありました。官軍が江戸に乗込んでマダ賊軍が上野に籠らぬ前に、市川辺に小競合がありました。爾うすると賊軍方の者が夜は其処に行て戦て、昼は睡いからと云て塾に来て寝て居た者があったが、根から構わない。私はその人の話を聞て、「君はソンナ事をして居るのか、危ない事だ、マア止にした方が宜かろうと云たくらいのことである。
書き下し
それで先ず官軍は存外柔かなものであって、何も心配はない。併し政治上の事は極めて鋭敏なもので、嫌疑と云うことがあっては是れは容易ならぬ訳けであるから、ソレを明にする為めに、私は一切万事何も斯も打明けて、一口に云えば塾も住居も殻明きにして仕舞い、何処を捜した所で鉄砲は勿論一挺もなし、刃物もなければ飛道具もない、一目明白、直に分るようにしました。始終爾う云う身構えにして居るから、私の処には官軍方の人も颯々と来れば、賊軍の人も颯々と出入りして居て、私は官でも賊でも一切構わぬ、何方に向ても依怙贔屓なしに扱て居るから、双方共に朋友でした。その時に斯う云う面白い事がありました。官軍が江戸に乗込んでマダ賊軍が上野に籠らぬ前に、市川辺に小競合がありました。爾うすると賊軍方の者が夜は其処に行て戦て、昼は睡いからと云て塾に来て寝て居た者があったが、根から構わない。私はその人の話を聞て、「君はソンナ事をして居るのか、危ない事だ、マア止にした方が宜かろうと云たくらいのことである。
現代語訳
それでまず官軍は存外柔らかなもので、何も心配はありません。しかし政治上のことは極めて鋭敏なもので、嫌疑ということがあってはこれは容易ならぬわけですから、それを明らかにするために、私は一切万事、何もかも打ち明けて、一口に言えば塾も住居も空っぽにしてしまい、どこを捜したところで鉄砲はもちろん一挺もなく、刃物もなければ飛び道具もない、一目明白、直ちに分かるようにしました。始終そういう身構えにしているから、私のところには官軍方の人もさっさと来れば、賊軍の人もさっさと出入りしていて、私は官でも賊でも一切構わず、どちらに対しても依怙贔屓なしに扱っているから、双方ともに友人でした。そのときにこういう面白いことがありました。官軍が江戸に乗り込み、まだ賊軍が上野に籠もらない前に、市川辺で小競り合いがありました。そうすると賊軍方の者で、夜はそこに行って戦い、昼は眠いからと言って塾に来て寝ていた者がありましたが、まったく構いません。私はその人の話を聞いて、「君はそんなことをしているのか、危ないことだ、まあやめにしたほうがよかろう」と言ったくらいのことです。
解説
この章句が説くこと
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