論語 / 述而篇
子曰:二三子以我為隱乎?吾無隱乎爾。吾無行而不與二三子者,是丘也。
新字:子曰:二三子以我為隠乎?吾無隠乎爾。吾無行而不与二三子者,是丘也。
書き下し
子曰わく、二三子、我を以て隠すと為すか。我は爾に隠すこと無し。行いて二三子と与せざること無し。是れ丘なり。
現代語訳
孔子は弟子に対して隠し事をせず、全てを共有していた。
解説
「二三子」は弟子たちを指す呼びかけで、孔子は「お前たちは私が何か隠し事をしていると思っているのか」と問いかけ、「私の行いで、お前たちに見せていないものなど一つもない」ときっぱり言い切ります。人の上に立つ者ほど、都合の悪いことを隠したり、体裁を取り繕ったりしたくなるものです。しかし孔子は、日々の振る舞いそのものを弟子たちに見せることこそが教えだと考えていました。これは家庭でも同じです。親が子供に「勉強しなさい」と言うだけでなく、自分自身が本を読んだり努力したりする姿を見せれば、言葉以上の説得力を持ちます。職場の上司も、近所の世話役も、隠し事のない振る舞いを続けることで、周りから自然と頼りにされるようになるのです。
この章句が説くこと
透明性信頼構築情報共有心理的安全性説明責任
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