智囊 / 委蛇・王翦・蕭何
其秋黥布反,上自將擊之。數使使問相國何為,曰:「為上在軍,拊循勉百姓,悉取所有佐軍,如陳豨時。」客又說何曰:「君滅族不久矣!夫君位為相國,功第一,不可復加。然君初入關中,得百姓心十餘年矣,尚復孳孳得民和,上所為數問君,畏君傾動關中,今君胡不多買田地,賤貰貸以自污。於是何從其計。上還,百姓遮道訴相國,上乃大悅。〔述評〕漢史又言,何買田宅必居窮僻處,不治垣屋,曰:「令後世賢,師吾儉;不賢,無為勢家所奪。」與前所云強買民田宅似屬兩截,不知前乃免禍之權,後乃保家之策,其智政不相妨也。宋趙韓王普強買人第宅,聚僉欠財賄,為御史中丞雷德驤所劾。韓世忠既罷,杜門絕客,口不言兵,時跨驢攜酒,從一二奚童,縱游西湖以自樂。嘗議買新淦縣官田,高宗聞之,甚喜,賜御札,號其莊曰:「旌忠」。二公之買田,亦此意也。夫人主不能推肝膽以與豪傑共,至令有功之人,不惜自污以祈倖免。三代交泰之風蕩如矣!然降而今日,大臣無論有功無功,無不多買田宅自污者,彼又持何說耶?
新字:其秋黥布反,上自将撃之。数使使問相国何為,曰:「為上在軍,拊循勉百姓,悉取所有佐軍,如陳豨時。」客又説何曰:「君滅族不久矣!夫君位為相国,功第一,不可復加。然君初入関中,得百姓心十余年矣,尚復孳孳得民和,上所為数問君,畏君傾動関中,今君胡不多買田地,賤貰貸以自汚。於是何従其計。上還,百姓遮道訴相国,上乃大悦。〔述評〕漢史又言,何買田宅必居窮僻処,不治垣屋,曰:「令後世賢,師吾倹;不賢,無為勢家所奪。」与前所云強買民田宅似属両截,不知前乃免禍之権,後乃保家之策,其智政不相妨也。宋趙韓王普強買人第宅,聚僉欠財賄,為御史中丞雷徳驤所劾。韓世忠既罷,杜門絶客,口不言兵,時跨驢攜酒,従一二奚童,縦游西湖以自楽。嘗議買新淦県官田,高宗聞之,甚喜,賜御札,号其荘曰:「旌忠」。二公之買田,亦此意也。夫人主不能推肝胆以与豪傑共,至令有功之人,不惜自汚以祈倖免。三代交泰之風蕩如矣!然降而今日,大臣無論有功無功,無不多買田宅自汚者,彼又持何説耶?
書き下し
其の秋、黥布反し、上自ら将いて之を撃つ。数使いして相国何の為す所を問う。曰く、「上の軍に在るが為に、百姓を拊循勉励し、悉く有る所を取りて軍を佐くること、陳豨の時の如し」と。客又何に説きて曰く、「君の族滅は久しからず。夫れ君の位は相国たり、功は第一にして、復た加うべからず。然れども君初め関中に入りて、百姓の心を得ること十余年なり。尚お復た孳孳として民の和を得れば、上の為す所数君を問うは、君の関中を傾動せんことを畏るるなり。今君胡ぞ多く田地を買い、賤く貰貸して以て自ら汚さざる」と。是に於いて何その計に従う。上還るに、百姓道を遮りて相国を訴え、上乃ち大いに悦ぶ。〔述評〕漢史又言う、何の田宅を買うや必ず窮僻の処に居り、垣屋を治めず。曰く、「後世をして賢ならしめば、吾が倹に師とせよ。不賢ならば、勢家の奪う所と為る無けん」と。前の云う所の強いて民の田宅を買うと似て両截に属す。知らず、前は乃ち禍を免るるの権、後は乃ち家を保つの策にして、其の智は政に相妨げざるを。宋の趙韓王普、強いて人の第宅を買い、財賄を聚め、御史中丞雷徳驤に劾せらる。韓世忠既に罷め、門を杜ざして客を絶ち、口に兵を言わず、時に驢に跨り酒を携え、一二の奚童を従え、西湖に縦遊して以て自ら楽しむ。嘗て新淦県の官田を買わんと議す。高宗これを聞きて甚だ喜び、御札を賜い、其の荘を号して「旌忠」と曰う。二公の田を買うも、亦此の意なり。夫れ人主は肝胆を推して以て豪傑と共にする能わず、功有るの人をして、自ら汚すを惜しまず以て倖免を祈らしむるに至る。三代交泰の風、蕩たり。然れども降りて今日、大臣は功の有無を論ずる無く、多く田宅を買いて自ら汚さざる者無し。彼又何の説を持するや。
現代語訳
その秋、黥布が反乱を起こし、高祖は自ら軍を率いて討伐に向かった。高祖はたびたび使者を送って、相国の蕭何が何をしているか尋ねさせた。使者は「主上が軍におられるので、民を慰め励まし、持てるものをすべて軍の助けに回しています。陳豨のときと同じです」と答えた。ある客がまた蕭何に説いた。「君の一族が滅ぼされる日も遠くありません。君は相国で、功績は第一、これ以上加える地位はない。しかも君は関中に入って十余年、民の心をつかんでいる。なお熱心に民の和を求めているから、主上が何度も君の様子を尋ねるのは、君が関中を動かすのを恐れているのです。いま君はなぜ田地を多く買い、安く借りて自分の評判を汚さないのですか」。蕭何はこの計に従った。高祖が帰還すると、民が道をふさいで相国を訴え、高祖は大いに喜んだ。〔述評〕漢書にはまた、蕭何が田宅を買うときは必ず辺鄙な場所を選び、垣根や屋敷を整えなかったとある。「子孫が賢ければ私の倹約を手本にせよ。賢くなければ権勢家に奪われずに済む」と言ったという。前に言う無理に民の田宅を買った話とは食い違うようだが、前は禍を免れるための臨機の手段、後は家を保つための策であり、その知恵は互いに妨げ合わないことを知らないのである。宋の趙普は無理に人の屋敷を買い、財貨を集めて御史中丞の雷徳驤に弾劾された。韓世忠は職を退くと門を閉ざして客を絶ち、兵事を口にせず、ときに驢馬にまたがり酒を携え、一、二人の少年を従えて西湖に遊んで楽しんだ。かつて新淦県の官田を買おうと相談したところ、高宗は聞いて大いに喜び、親筆の書を賜って、その荘園を「旌忠」と名づけた。二人が田を買ったのも同じ意図である。君主が心の底を明かして豪傑と共にできないために、功ある人が自ら名を汚すことを惜しまず、かろうじて難を免れようと願うことになる。三代の天地が交わり安らぐ気風は消えてしまった。それにしても今日では、大臣は功の有無を問わず、多くが田宅を買って自らを汚している。彼らはいったいどんな理屈を持っているのだろうか。
解説
この章句が説くこと
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