韓非子 / 存韓第二
秦之有韓,若人之有腹心之病也,虚處則㤥然,若居濕地,著而不去,以極走,則發。
新字:秦之有韓,若人之有腹心之病也,虚処則㤥然,若居湿地,著而不去,以極走,則発。
書き下し
秦の韓有るは、人の腹心の病有るが若きなり。虚しく処れば則ち㤥然たり、湿地に居るが若く、著きて去らず、以て極めて走れば、則ち発す。
現代語訳
秦にとって韓の存在は、人が腹の中に病を抱えているようなものである。何もせずにいると鈍い痛みがあり、湿った土地にいるように、まとわりついて離れず、無理をして走れば、たちまち発症する。
解説
地政学的な脅威を、身体の持病にたとえている。この比喩が巧いのは、韓が強敵だとは言っていないところだ。腹の病は、普段は死ぬほどではない。ただ、無理をしたときに必ず出る。つまり平時には問題にならず、勝負どころで足を引っ張る種類の脅威である。組織の弱点にも、この型がある。普段は回っているが、繁忙期や危機の局面で必ず表面化するもの。属人化した業務、放置された技術的負債、曖昧なままの権限。平時には誰も困らないので優先順位が上がらない。だが、勝負をかけたときにこそ発症する。以極走則發という結びが的確だ。走らなければ問題にならない。走ろうとしたときに、初めて分かる。
この章句が説くこと
リスク管理持病弱点潜在的欠陥平時平時と有事
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