智囊 / 委蛇・王翦・蕭何
陳平當呂氏異議之際,日飲醇酒,弄婦人;裴度當宦官熏灼之際,退居綠野,把酒賦詩,不問人間事。古人明哲保身之術,例如此,皆所以絕其疑也。國初,御史袁凱以忤旨引風疾歸。太祖使人覘之,見凱方匍匐往籬下食豬犬矢,還報,乃免。蓋凱逆知有此,使家人以炒麵攪沙糖,從竹筒出之,潛布籬下耳,凱亦智矣哉!
新字:陳平当呂氏異議之際,日飲醇酒,弄婦人;裴度当宦官熏灼之際,退居緑野,把酒賦詩,不問人間事。古人明哲保身之術,例如此,皆所以絶其疑也。国初,御史袁凱以忤旨引風疾帰。太祖使人覘之,見凱方匍匐往籬下食豬犬矢,還報,乃免。蓋凱逆知有此,使家人以炒麺攪沙糖,従竹筒出之,潜布籬下耳,凱亦智矣哉!
書き下し
陳平は呂氏の異議に当たるの際、日に醇酒を飲み、婦人を弄す。裴度は宦官の熏灼に当たるの際、退きて緑野に居り、酒を把りて詩を賦し、人間の事を問わず。古人の明哲保身の術、例して此の如し。皆其の疑いを絶つ所以なり。国初、御史袁凱、旨に忤うを以て風疾と称して帰る。太祖、人をして之を覘わしむるに、凱の方に匍匐して籬下に往き、猪犬の矢を食うを見る。還りて報じ、乃ち免ぜらる。蓋し凱は逆め此れ有るを知り、家人をして炒麺を以て沙糖を攪せしめ、竹筒より之を出して、潜かに籬下に布かしめしのみ。凱も亦智なるかな。
現代語訳
陳平は呂氏一族の専横に異議が起きた時期に、毎日強い酒を飲み、女性たちと戯れていた。裴度は宦官の権勢が燃え盛る時期に、身を引いて緑野の別荘に住み、酒を手に詩を作り、世間の事に口出ししなかった。昔の人が賢く身を保つ術は、おおむねこのようなもので、どれも相手の疑いを断つためのものである。明の初め、御史の袁凱は皇帝の意向に逆らったので、風病を理由に故郷へ帰った。太祖が人にようすを探らせると、袁凱が這いつくばって垣根の下に行き、豚や犬の糞を食べているのが見えた。使者が戻って報告し、袁凱は罪を免れた。袁凱は先を読んでこうなることを知り、家の者に炒った麦粉に砂糖を混ぜさせ、竹の筒から押し出して、こっそり垣根の下にまいておいただけであった。袁凱もなんと知恵のある人であろうか。
解説
この章句が説くこと
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