智囊 / 威克・薛元賞
李相石在中書,京兆尹薛元賞嘗謁石於私第。故事,百僚將至相府,前驅不復呵。元賞下馬,石未之知,方在廳,若與人訴競者。元賞問焉,曰:「軍中軍將。」元賞排闥進曰:「相公朝廷大臣,天子所委任,安有軍中一將而敢無禮如此?夫綱紀凌夷,猶望相公整頓,豈有出自相公者耶?」即疾趨而去,顧左右:「可便擒來。」時仇士良用事,其輩已有訴之者,宦官連聲傳士良命曰:「中尉奉屈大尹。」元賞不答,即命杖殺之。士良大怒,元賞乃白衣請見士良,士良出曰:「何為擅殺軍中大將?」元賞具言無禮狀,且曰:「宰相,大臣也;中尉,亦大臣也。彼既可無禮於此,此亦可無禮於彼乎?國家之法,中尉宜保守。一旦壞之可惜,某已白衫待罪矣。」士良以其理直,顧左右取酒飲之而罷。
新字:李相石在中書,京兆尹薛元賞嘗謁石於私第。故事,百僚将至相府,前駆不復呵。元賞下馬,石未之知,方在庁,若与人訴競者。元賞問焉,曰:「軍中軍将。」元賞排闥進曰:「相公朝廷大臣,天子所委任,安有軍中一将而敢無礼如此?夫綱紀凌夷,猶望相公整頓,豈有出自相公者耶?」即疾趨而去,顧左右:「可便擒来。」時仇士良用事,其輩已有訴之者,宦官連声伝士良命曰:「中尉奉屈大尹。」元賞不答,即命杖殺之。士良大怒,元賞乃白衣請見士良,士良出曰:「何為擅殺軍中大将?」元賞具言無礼状,且曰:「宰相,大臣也;中尉,亦大臣也。彼既可無礼於此,此亦可無礼於彼乎?国家之法,中尉宜保守。一旦壊之可惜,某已白衫待罪矣。」士良以其理直,顧左右取酒飲之而罷。
書き下し
李相の石、中書に在り、京兆尹の薛元賞、嘗て石に私第に謁す。故事として、百僚は将に相府に至らんとすれば、前駆は復た呵せず。元賞は馬を下る。石は未だ之を知らず、方に庁に在りて、人と訴え競う者の若し。元賞問う。曰く、「軍中の軍将なり」と。元賞は闥を排して進みて曰く、「相公は朝廷の大臣にして、天子の委任する所なり。安んぞ軍中の一将にして敢えて無礼なること此の如きこと有らんや。夫れ綱紀凌夷するは、猶お相公の整頓を望む。豈に相公自りして出ずる者有らんや」と。即ち疾趨して去り、左右を顧みて「便ち擒え来たるべし」と。時に仇士良事を用い、其の輩已に之を訴うる者有り。宦官は連声して士良の命を伝えて曰く、「中尉は大尹に奉屈す」と。元賞は答えず、即ち杖殺を命ず。士良は大いに怒り、元賞は乃ち白衣にて士良に請見す。士良出でて曰く、「何為れぞ擅に軍中の大将を殺せしや」と。元賞は具さに無礼の状を言い、且つ曰く、「宰相は大臣なり、中尉も亦た大臣なり。彼既に此に無礼なるべくんば、此も亦た彼に無礼なるべけんや。国家の法は、中尉は宜しく保守すべし。一旦之を壊さば惜しむべし。某は已に白衫にて罪を待てり」と。士良は其の理の直なるを以て、左右を顧みて酒を取りて之を飲ませて罷む。
現代語訳
宰相の李石が中書省にいたとき、京兆尹の薛元賞は、李石の私邸を訪ねた。慣例では、百官が宰相府に着こうとするとき、先導の者はもう呼び立てない。薛元賞は馬から降りた。李石はそれを知らず、ちょうど広間で、誰かと言い争っているようだった。薛元賞が尋ねると、「軍の将校です」と答えがあった。薛元賞は扉を押し開けて進み、こう言った。「宰相閣下は朝廷の大臣で、天子から委任されたお方です。どうして軍の一将が、こんなに無礼なことをするのですか。そもそも規律が衰えていくとき、宰相閣下の整頓に期待するのです。それが宰相ご自身のところから出るなどということがありましょうか」。すぐに足早に去り、左右を振り返って「すぐ捕らえてこい」と命じた。当時、仇士良が権勢を振るっており、その仲間がすでに訴え出た者もいた。宦官たちは次々に仇士良の命令を伝えた。「中尉が京兆尹をお呼びです」。薛元賞は答えず、すぐに杖で打ち殺すよう命じた。仇士良は大いに怒り、薛元賞は白い衣に着替えて仇士良に面会を求めた。仇士良が出てきて言った。「なぜ勝手に軍の大将を殺したのか」。薛元賞は無礼の状況を詳しく述べ、さらに言った。「宰相は大臣であり、中尉もまた大臣です。あの者が宰相にこのように無礼を働けるなら、他の者も中尉に無礼を働いてよいことになりませんか。国家の法は、中尉が守り保つべきものです。ひとたびこれを壊せば惜しいことです。私はすでに白衣で罪を待っております」。仇士良はその理が正しいことを認め、左右を振り返って酒を取り、薛元賞に飲ませて、事を終わらせた。
解説
この章句が説くこと
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『春秋左氏伝』昭公十七年 余皇を奪い返す吳楚を伐つ。陽匄令尹為り。戰を卜して吉ならず。司馬子魚曰く、「我上流を得たり。何の故に吉ならざる。且つ楚の故、司馬龜に令す。我請ふ改めて卜せん」と。令して曰く、「魴や、其の屬を以て之に死せん。楚師之に繼ぎ、尚はくは大いに之に克たん」と。吉なり。長岸に戰ふ。子魚先づ死す。楚師之に繼ぎ、大いに吳師を敗り、其の乘舟餘皇を獲たり。隨人と後れて至る者とをして之を守らしむ。環りて之に塹し、泉に及ぶ。其の隧に炭を盈たし、陳して以て命を待つ。吳の公子光其の衆に請ひて曰く、「先王の乘舟を喪ふは、豈に唯だ光の罪のみならんや。衆も亦た焉に有り。請ふ藉りて之を取り、以て死を救はん」と。衆許す。長鬣なる者三人をして、舟の側に潛伏せしめて曰く、「我皇と呼ばば則ち對へよ」と。師夜之に從ふ。三たび呼べば皆迭ひに對ふ。楚人從ひて之を殺す。楚師亂る。吳人大いに之を敗り、餘皇を取りて以て歸る。
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『文武訓』武訓下一或武人、敵と我、両人戦ふ時のこころをよめる拙き歌あり。身は捨てつ心ばかりははふらさじ人のうごきを待ちてぞ打つべきいふ意は、敵と戦ふに臨まば、身は捨つべし。身をのがれんと思へば、心みだれおそれひるみて、敵に勝つべき力なし。されど、心ひとつは失ふべからず。敵と戦ふ時に、つねの如くにして心を動すべからず。我方よりみだりにかからず、こらへて早くうつべからず、人の動をまちて、其隙を見て早くうつべし。是敵に勝つの道なりといへり。一士となる者、平生は温厚和平にして、いかりをおさへ色をはげしくすべからず。みづから楽み人を愛すべし。されども、常に志をたもち気を養ひて、義理にいさむべし。変にあひては、平生の志を守りて、勇剛を失ふべからず。
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『驢鞍橋』卷下彼人思ひ入たる道理計りを云つて聞きうけす、無理に剃髪を乞ふ。師曰く、夫れならば力及はす、其方次第也。我処にては、総して出家させず、何方にても剃りめされんず迄よ。夫れはともあれ、後にいきあたりめさるゝな。今云つて聞かせ申すぞ。御公儀より御穿鑿あらん時、別に云分有るへからす。某世間いやに御座有るに仍て、此の体に罷り成る也。曲事に思召さば、御成敗有るべしと云つて罷出て、腹切らんと思定めめさればすらるべし、是れ一つ。又出家しても食はでもならず、着でもならず、草履鼻紙も使はでならず、何としても一年に金三両ほどは入らんずと思ひめされよ。不観にひよつとすつて後、餓鬼に成りめさるゝな。覚悟有らばすりめされよ。寺に入り大事の施物を食ふも非義也。又親類衆纔かの知行を以て、世間を間に合はせて行かんとするを貪らんと思ふも比興也。夫れよりは此の身を主君に抛て、奉公して食ひたるかよき也。総而片ふしんに思にならぬ物也。我と自分過きするやうにする物也。是れ一つ。右の旨覚らば、御辺次第也。後に行当りめさるゝな。
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