智囊 / 威克・李福
唐李福尚書鎮南梁。境內多朝士莊產,子孫僑寓其間,而不肖者相效為非。前牧弗敢禁止,閭巷苦之。福嚴明有斷,命織篾蘢若干,召其尤者,詰其家世譜第、在朝姻親,乃曰:「郎君借如此地望,作如此行止,毋乃辱於存亡乎?今日所懲,賢親眷聞之必快!」命盛以竹籠,沉於漢江,由是其儕惕息,各務戢斂。
新字:唐李福尚書鎮南梁。境内多朝士荘産,子孫僑寓其間,而不肖者相効為非。前牧弗敢禁止,閭巷苦之。福厳明有断,命織篾蘢若干,召其尤者,詰其家世譜第、在朝姻親,乃曰:「郎君借如此地望,作如此行止,毋乃辱於存亡乎?今日所懲,賢親眷聞之必快!」命盛以竹籠,沈於漢江,由是其儕惕息,各務戢斂。
書き下し
唐の李福尚書、南梁に鎮す。境内に朝士の荘産多く、子孫僑寓し、而して不肖者は相い効いて非を為す。前牧は敢えて禁止せず、閭巷は之に苦しむ。福は厳明にして断有り、命じて篾籠若干を織らしめ、其の尤なる者を召し、其の家世、譜第、朝に在る姻親を詰ね、乃ち曰く、「郎君は借如し此の如き地望ありて、此の如き行止を作さば、毋乃ち存亡に辱めあらんか。今日の懲らす所は、賢親眷聞かば必ず快しとせん」と。命じて竹籠に盛り、漢江に沈む。是れ由り其の儕は惕息し、各おの戢斂に務む。
現代語訳
唐の尚書の李福が南梁に赴任した。管内には朝廷の官僚の荘園が多く、その子孫が移り住んでいたが、品行の悪い者たちが互いにまねして悪事を働いていた。前任の長官はあえて禁じようとせず、村里の人々は苦しんでいた。李福は厳正で決断力があり、命じて竹かごをいくつも編ませ、特にひどい者を呼び出し、その家柄や系図や、朝廷にいる縁戚について問いただし、こう言った。「あなたはこれほどの名門でありながら、このような行いをするのは、生きている者にも死んだ祖先にも恥をかかせるものではないか。今日懲らしめることは、賢明な親族が聞けばきっと喜ぶだろう」。命じて竹かごに入れ、漢江に沈めた。それ以来、仲間たちは恐れて息をひそめ、それぞれ慎むよう努めた。
解説
この章句が説くこと
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史記 張釈之馮唐列伝頃之(しばらく)して、太子、梁王と車を共にして入朝し、司馬門に下りず。是に於て釈之、追ひて太子・梁王を止め、殿門に入るを得る無からしむ。遂に公門に下りざるは不敬なりと劾し、之を奏す。薄太后之を聞く。文帝冠を免ぎて謝して曰く、「児子を教ふること謹まず」と。薄太后乃ち使をして詔を承けて太子・梁王を赦さしめ、然る後に入るを得たり。文帝是に由りて釈之を奇とし、
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史記 鄭世家晋の文公、蘭を入れて太子と為さんと欲し、以て鄭に告ぐ。鄭の大夫石癸曰く、「吾聞く、姞姓は乃ち后稷の元妃なり、其の後当に興る者有るべしと。子蘭の母は其の後なり。且つ夫人の子尽く已に死し、余の庶子に蘭の賢に如くは無し。今囲み急なり。晋以て請ふを為す。利孰れか焉より大ならん」と。遂に晋に許し、与に盟ひ、卒に子蘭を立てて太子と為す。晋の兵乃ち罷め去る。四十五年、文公卒し、子蘭立つ、是を繆公と為す。繆公元年春、秦の繆公、三将をして兵を将ゐて鄭を襲はんと欲せしむ。滑に至り、鄭の賈人絃高に逢ふ。詐りて十二牛を以て軍を労ふ。故に秦の兵至らずして還る。晋之を崤に敗る。初め、往年鄭の文公の卒するや、鄭の司城繒賀、鄭の情を以て之を売る。秦の兵故に来る。三年、鄭兵を発して晋に従ひて秦を伐ち、秦の兵を汪に敗る。往年楚の太子商臣其の父成王を弑して代はりて立つ。二十一年、宋の華元と鄭を伐つ。華元羊を殺して士に食はしむるも、其の御羊斟に与へず。怒りて以て鄭に馳す。鄭華元を囚ふ。宋華元を贖ふ。元も亦亡げ去る。晋、趙穿をして兵を以て鄭を伐たしむ。霊公元年春、楚黿を霊公に献ず。子家・子公将に霊公に朝せんとす。子公の食指動く。子家に謂ひて曰く、「佗日指動けば、必ず異物を食らふ」と。入るに及び、霊公の黿の羹を進むるを見る。子公笑ひて曰く、「果たして然り」と。霊公其の笑ふ故を問ふ。具に霊公に告ぐ。霊公之を召し、独り羹を予へず。子公怒り、其の指を染め、之を嘗めて出づ。公怒り、子公を殺さんと欲す。子公、子家と先んぜんことを謀る。夏、霊公を弑す。鄭人、霊公の弟去疾を立てんと欲す。去疾譲りて曰く、「必ず賢を以てせば、則ち去疾は不肖なり。必ず順を以てせば、則ち公子堅長ず」と。堅は霊公の庶弟にして、去疾の兄なり。是に於て乃ち子堅を立つ、是を襄公と為す。襄公立ち、将に尽く繆氏を去らんとす。
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