智囊 / 威克・宗澤
公即出兵廚所作餅示之,且語之曰:「此餅與汝所市重輕一等,而我以目下市直,會計薪面工值之費,枚止六錢,若市八錢,則有二錢之息,今為將出令,止作八錢,敢擅增此價而市者,罪應處斬,且借汝頭以行吾令也。」即斬以徇,明日餅價仍舊,亦無敢閉肆者。次日呼官沽任修武至,訊之曰:「今都城糯米價不增,而酒值三倍,何也?」任恐悚以對曰:「某等開張承業,欲罷不能,而都城自遭寇以來,外居宗室及權貴親屬私釀甚多,不如是無以輸納官曲之值與工役油燭之費也。」公曰:「我為汝盡禁私釀,汝減值百錢,亦有利入乎?」任叩額曰:「若爾,則飲者俱集,多中取息,足辦輸役之費。」公熟視久之,曰:「且寄汝頭頸上,出率汝曹即換招榜,一觚止作百錢,是不患乎私醞之攙奪也!明日出令:『敢有私造曲酒者,捕至不問多寡,並行處斬』。」於是傾糟破觚者不勝其數。數日之間,酒與餅值既並復舊,其他物價不令而次第自減,既不傷市人,而商旅四集,兵民歡呼,稱為神明之政。時杜充守北京,號「南宗北杜」云。
新字:公即出兵廚所作餅示之,且語之曰:「此餅与汝所市重軽一等,而我以目下市直,会計薪面工値之費,枚止六銭,若市八銭,則有二銭之息,今為将出令,止作八銭,敢擅增此価而市者,罪応処斬,且借汝頭以行吾令也。」即斬以徇,明日餅価仍旧,亦無敢閉肆者。次日呼官沽任修武至,訊之曰:「今都城糯米価不增,而酒値三倍,何也?」任恐悚以対曰:「某等開張承業,欲罷不能,而都城自遭寇以来,外居宗室及権貴親属私醸甚多,不如是無以輸納官曲之値与工役油燭之費也。」公曰:「我為汝尽禁私醸,汝減値百銭,亦有利入乎?」任叩額曰:「若爾,則飲者倶集,多中取息,足辦輸役之費。」公熟視久之,曰:「且寄汝頭頸上,出率汝曹即換招榜,一觚止作百銭,是不患乎私醞之攙奪也!明日出令:『敢有私造曲酒者,捕至不問多寡,並行処斬』。」於是傾糟破觚者不勝其数。数日之間,酒与餅値既並復旧,其他物価不令而次第自減,既不傷市人,而商旅四集,兵民歓呼,称為神明之政。時杜充守北京,号「南宗北杜」云。
書き下し
公即ち出でて兵厨の作る所の餅を示し、之に語りて曰く、「此の餅は汝の市う所と重軽一等なり。而して我は目下の市直を以て、薪面工値の費を会計するに、枚ごとに止だ六銭なり。若し八銭に市らば、則ち二銭の息有らん。今為に将に令を出し、止だ八銭に作さしめんとす。敢えて擅に此の価を増して市る者は、罪斬に応ず。且つ汝の頭を借りて以て吾が令を行わん」と。即ち斬りて以て徇す。明日、餅価は旧に仍り、亦た敢えて肆を閉ざす者無し。次日、官沽の任修武を呼び至らしめ、之を訊いて曰く、「今、都城の糯米の価は増さざるに、酒の値は三倍なるは、何ぞや」と。任は恐悚して対えて曰く、「某らは承業を開張し、罷めんと欲するも能わず。而して都城は寇に遭いてより以来、外居の宗室及び権貴の親属の私醸甚だ多し。是の如くせざれば、以て官曲の値と工役油燭の費を輸納する無し」と。公曰く、「我は汝の為に尽く私醸を禁ぜん。汝は値を百銭減ずれば、亦た利入有りや」と。任は額を叩きて曰く、「若し爾らば、則ち飲む者は倶に集まり、多きより息を取り、輸役の費を辦ずるに足る」と。公は熟視すること久しくして曰く、「且く汝の頭頸を寄す。出でて汝の曹を率い、即ちに招榜を換え、一觚は止だ百銭と作せ。是れ私醞の攙奪を患えざるなり。明日令を出さん。『敢えて私に曲酒を造る者有らば、捕えて多寡を問わず、並びに処斬を行う』と」。是に於いて糟を傾け觚を破る者は数うるに勝えず。数日の間に、酒と餅の値は既に並びに旧に復し、其の他の物価も令せずして次第に自ら減ず。既に市人を傷つけず、而して商旅四方より集まり、兵民歓呼して、称して神明の政と為す。時に杜充は北京を守り、「南宗北杜」と号すと云う。
現代語訳
公は兵営の台所で作らせた餅を取り出して見せ、こう言った。「この餅は、お前が市場で売っているものと大きさも重さも同じだ。私は今の市価で、薪や小麦粉や人件費を合算して計算すると、一個わずか六銭だ。もし八銭で売れば、二銭の利益がある。今、お前たちのために命令を出す。値は八銭までとする。勝手にこの値段を上げて売る者は、罪は斬刑に当たる。まずお前の首を借りて、私の命令を行わせてもらう」。すぐに斬って見せしめにした。翌日、餅の値は元に戻り、店を閉めて抵抗する者もいなかった。次の日、官営の酒売りの任修武を呼び出して、問いただした。「今、都のもち米の値は上がっていないのに、酒の値だけ三倍になっているのはなぜか」。任は恐れて答えた。「私どもは営業を始めて、やめたくてもやめられません。都は賊に遭ってから、外に住む皇族や権力者の親族による密造が非常に多く、こうでもしなければ、官が定めた酒麹の代金や職人の人件費、灯火の費用を納められないのです」。公は言った。「私はお前のために、密造を全て禁止する。お前が値を百銭下げても、利益は出るか」。任は額を地につけて答えた。「そうしていただければ、飲む者が皆集まり、薄利多売で、納める費用をまかなえます」。公はじっと見つめて久しく、言った。「ひとまずお前の首は預けておく。出ていって仲間を率い、すぐに看板を換え、一杯百銭にしろ。これで密造酒の割り込みを心配する必要はない。明日、命令を出す。『勝手に酒を造る者があれば、捕まえて多い少ないを問わず、斬刑にする』」。こうして酒の糟を捨て、杯を壊す者は数えきれないほどだった。数日のうちに、酒と餅の値はともに元に戻り、その他の物価も命令しなくても次第に自然に下がった。市民を傷つけず、商人や旅人は四方から集まり、兵も民も喜びの声をあげ、神明のような政治と称した。当時、杜充が北京を守っており、「南の宗沢、北の杜充」と呼ばれたという。
解説
この章句が説くこと
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『政談』御旗本諸士の困窮を救ふ事百工のわさに付き御当地京都大坂なとにては成かたきことも有へし、某唐紙唐筆にてなけれは物書れぬ故諸方を承り合はせ、日本の内にても唐紙をすき唐筆をゆふ人ありやと尋ね求むるに、唐紙この以前大坂にてすき出したれとも物入り多き故商売にならぬとて止めたりと承はる、唐筆は弟子ともの内に能く差図をしてゆはする者あれとも是も工手間掛りて損なりとてゆはす、活版と云ふ者調法なるものなれとも、是亦御当地なとにては工手間かゝる故版をほるよりは却て損なり、石摺も真の仕方は工手間かゝる故成りがたし、織物のたぐひを京都にて織出せとも是も唐の如くすれはもの入多き故、何も薄く織出して唐には劣る、是皆店賃高く諸色高直なる故何事も〳〵掛りもの多くなりて善きものは出来ぬ、
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『政談』諸色直段の事其下直にする道を知ることは先つ高直に段々成りたる謂れを知らずしては手段をすへきやうなし、偖其物の直段の段々に高直になりたる仔細一品にあらす様々の謂あり、先つ第一には国々より出る諸物多くは其地頭へ運上を取るに、請負の者直段を次第に糶上けて手前に糶落す事故物の直段次第に高直になるなり、其運上は其大名の使ひ料となり、又は借金の方へ振向けてあり、さるによりて当時諸大名既に困窮したる上は愈々直段下り難きなり、之を避くる仕方甚た難し、
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『政談』諸色直段の事又御城下の宿賃甚た高直なる故諸商人皆之を利倍の算用に入るゝによりて直段下らぬなり、某か祖父伊勢の国に先祖の手作りしたる田地ありて、夫を売て僅に五十両にて整へたる町屋敷其後父か代に人に売りたるか、此二十年程以前には二千両の売替になりたりと承はる、右祖父の整へたるときは天草より余程前のことなれは八十年計以前の事なり、斯の如くにて宿賃四千倍の上になりたれは物の直段高直なる事尤のことなり、此下かる仕方心得あるへし、
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『政談』制度の事是れ町人百姓憎むにあらす、頭か身上右の如くの奢りによりて物入り多く、暮しに物入ること今は常に成りたれは、此の制法出しぬること頭か為めにもよき事なり、第一右の諸物を町人百姓心の儘に用ゆる故、諸色の直段日を逐ふて高直なり、然れとも此の吟味竿の先きに鈴を付けたるやうなることにては仲々参り届くましきなり、当時吉利支丹の如く厳密にさかすへきことなり、されとも畢竟武家を知行所に置くにあらされは此の法田舎迄行渡りかたかるへし、先つ武家には制度を立てす、唯々斯の如く百姓町人に計り制度を立つるときは、諸色特の外に下直になるへし、左様に四五年もして武家に息をつかせ、其の上にて武家にも制度を委細に立ては御政道滞ほりなく行きわたるへし、是れ緩急先後の仕掛なり、
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『政談』諸色直段の事諸色の直段のことは近年上の御世話にて少々は下直なるやうになれとも、其の取捌き根本諸色の直段年を逐て段々に高直に成る謂れあり、是に立入らさる時は皆当分の策略にて何の用に立たさることなり、只今金の員数元禄金乾金の時分の半分に减し、銀は四つ宝のときの三分一なり、されは諸色の直段元禄金乾金の時分の半分より内に下されば未た本の位にあらす、此四五十年以前に比すれは多くは十倍二十倍なり、されは世界の困窮尤のことにて之を下くる道を吟味せすして叶はさることなり、
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『玉勝間』一の巻 むかしは銭すくなかりし事おなじ書に、上品八丈絹六匹、代百廿文(各廿文)紺布二反、(無文)代四文とあり。むかしは銭のいといとすくなかりし程、これにて知るべし。また同書に、工藤庄司景光、佐与美の水干を着す、と云うこと見ゆ。今の世に、布に細目と云うがあるは、このさよみの訛れる名なるべし。
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