智囊 / 威克・宗澤
〔馮述評〕借餅師頭雖似慘,然禁私釀,平物價,所以令出推行全不費力者,皆在於此。亦所謂權以濟難者乎?
新字:〔馮述評〕借餅師頭雖似惨,然禁私醸,平物価,所以令出推行全不費力者,皆在於此。亦所謂権以済難者乎?
書き下し
〔馮述評〕餅師の頭を借るは惨なるに似たりと雖も、然れども私醸を禁じ、物価を平らかにするは、令の出でて推行すること全く力を費やさざる所以の者は、皆な此に在り。亦た所謂る権以て難を済うものか。
現代語訳
〔馮夢龍の評〕餅師の首を借りたのは、むごいように見えるが、しかし密造酒を禁じ、物価を安定させ、命令が出されてたやすく行き渡った理由は、すべてここにある。これもいわゆる、臨機応変の手段で困難を救うというものだろうか。
解説
馮夢龍は、餅師を斬ったことをむごい手段と認めつつ、密造酒の禁止と物価安定を速やかに達成できたのは、この見せしめが効いたからだと評価しています。そして、これを権以て難を済うもの、つまり非常時の臨機応変の策として弁護します。ただ、この擁護の言葉は、疑問形の余韻を残しています。現代の組織で非常手段を用いる際は、その目的、他に手がなかったか、そして過度でないかを慎重に問う必要があります。結果が良かったからといって手段が正当化されるわけではない点は、冷静に受け止めるべきです。
この章句が説くこと
権以て難を済う私醸を禁ず物価を平らかにす見せしめ臨機応変手段の是非
関連する章句
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『智囊』威克・哥舒翰・李光弼〔馮評〕或いは問う、「擢と衆と誠に罪有り。然れども已に西川節度使及び御史中丞に除せらる。其れ王命を如何せん」と。蓋し軍事は速きを尚ぶ。兵を用うる際に当たりて、逗留して返らず、兵を擁して交せざるは、皆な死法なり。二人の除命は必ず皆な夤縁して之を得たるにして、天子の意に出ずるに非ざる者なり。故に二将は其の権を伸ばすを得て、其の後を議する人無きのみ。然れども今日に在りては、問うべきこと莫し。
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