智囊 / 威克・安祿山
安祿山將反前兩三日,於宅集宴大將十餘人,錫齎絕厚。滿廳施大圖,圖山川險易、攻取剽劫之勢。每人付一圖,令曰:「有違者斬!」直至洛陽,指揮皆畢。諸將承命,不敢出聲而去。於是行至洛陽,悉如其畫。〔馮評〕此虜亦煞有過人處,用兵者可以為法。
新字:安禄山将反前両三日,於宅集宴大将十余人,錫齎絶厚。満庁施大図,図山川険易、攻取剽劫之勢。毎人付一図,令曰:「有違者斬!」直至洛陽,指揮皆畢。諸将承命,不敢出声而去。於是行至洛陽,悉如其画。〔馮評〕此虜亦煞有過人処,用兵者可以為法。
書き下し
安禄山、将に反せんとする前の両三日、宅に宴を集めて大将十余人に、錫齎すること絶だ厚し。庁に大図を施すこと満ち、山川の険易、攻取剽劫の勢を図す。人毎に一図を付し、令して曰く、「違う者有らば斬らん」と。直ちに洛陽に至るまで、指揮皆な畢る。諸将は命を承け、敢えて声を出さずして去る。是に於いて行きて洛陽に至るや、悉く其の画の如し。〔馮評〕此の虜も亦た煞だ人に過ぐる処有り、兵を用うる者は以て法と為すべし。
現代語訳
安禄山が謀反を起こす二、三日前、屋敷に宴を開いて十人余りの大将を招き、非常に手厚い贈り物を与えた。広間いっぱいに大きな地図を並べ、山河の険しさと平らな所、攻め取り略奪する形勢を描いてあった。一人ひとりに一枚ずつ地図を渡し、「命令に背く者は斬る」と言った。洛陽に至るまでの指揮はすべて決められていた。諸将は命を受けて、声も出さずに去った。そして軍が洛陽に至ってみると、すべて図に描かれたとおりになった。〔馮夢龍の評〕この賊にも人に勝る点がある。兵を用いる者は、この点を手本にしてよい。
解説
安禄山は反乱の直前に、地図と指示を一人ひとりに配り、行軍の手順をあらかじめ決めて動かしました。馮夢龍は、悪人でも用兵の周到さは見習ってよいと述べています。大きな計画を成功させるには、全員が自分の役割と経路を理解し、迷わず動けるよう事前に示しておくことが重要だと読めます。経営でも、現場に任せる前に目的地と手順を明確にすれば、実行段階の迷いが減ります。ただし、報酬と脅しで縛る方式は、判断力を奪い、想定外の事態に弱くなるため、現代では部下の理解を深める形で応用すべきです。
この章句が説くこと
違う者有らば斬る大図指揮事前準備計画役割分担
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