智囊 / 威克・楊素
楊素攻陳時,使軍士三百人守營。軍士憚北軍之強,多願守營。素聞之,即召所留三百人悉斬之,更令簡留,無願留者。又對陣時,先令一二百人赴敵,或不能陷陣而還者,悉斬之。更令二三百人復進,退亦如之。,將士股栗,有必死之心,以是戰無不克。〔馮評〕素用法似過峻,然以御積惰之兵,非此不能作其氣。夫使法嚴於上,而士知必死,雖置之散地,猶背水矣。
新字:楊素攻陳時,使軍士三百人守営。軍士憚北軍之強,多願守営。素聞之,即召所留三百人悉斬之,更令簡留,無願留者。又対陣時,先令一二百人赴敵,或不能陥陣而還者,悉斬之。更令二三百人復進,退亦如之。,将士股栗,有必死之心,以是戦無不克。〔馮評〕素用法似過峻,然以御積惰之兵,非此不能作其気。夫使法厳於上,而士知必死,雖置之散地,猶背水矣。
書き下し
楊素、陳を攻むる時、軍士三百人をして営を守らしむ。軍士は北軍の強きを憚り、多く営を守らんことを願う。素之を聞き、即ち留むる所の三百人を召して悉く之を斬り、更に簡び留めしむれば、留まらんことを願う者無し。又た陣に対する時、先ず一二百人をして敵に赴かしめ、或いは陣を陥すこと能わずして還る者は、悉く之を斬る。更に二三百人をして復た進ましめ、退くも亦た之の如し。将士は股栗し、必死の心有り。是を以て戦えば克たざる無し。〔馮評〕素の法を用いるは峻に過ぎたるに似たり。然れども以て積惰の兵を御するに、此れに非ざれば其の気を作すこと能わず。夫れ法をして上に厳しからしめ、士をして必死を知らしめば、之を散地に置くと雖も、猶お背水のごとし。
現代語訳
楊素が陳を攻めたとき、兵士三百人に陣営を守らせた。兵士たちは北から来た軍の強さを恐れ、多くが陣営の守りに残ることを望んだ。楊素はこれを聞くと、留め置いた三百人を呼び出して全員斬り、改めて留守番を選ばせたところ、残りたがる者はいなくなった。また戦の際、まず一、二百人を敵に向かわせ、敵陣を破れずに戻ってきた者は全員斬った。さらに二、三百人を進ませ、退いた者は同様に斬った。将兵は足が震えるほど恐れ、必死の心を抱いた。こうして戦えば勝たない戦いはなかった。〔馮夢龍の評〕楊素の法の用い方は厳しすぎるように見える。しかし長く怠けた兵を統御するには、これでなければ士気を起こせない。上が法を厳しくして、兵に必死の覚悟を持たせれば、逃げ場のある土地に置いても背水の陣と同じになる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』號令城禁。卒民をして寇の微職和旌を欲せざらしむる者は、斷ず。令に従わざる者は、斷ず。擅に令を出だすに非ざる者は、斷ず。令を失う者は、斷ず。㦸を倚せ縣けて城せず、上下、衆と等しからざる者は、斷ず。應ずる無くして妄りに讙呼する者は、斷ず。總べて失う者は、斷ず。客を譽め内を毁る者は、斷ず。署を離れて聚語する者は、斷ず。城鼓の聲を聞きて伍し、後れて署に上る者は、斷ず。
-
『春秋左氏伝』成公十六年 戦の器鄭人晉の師有るを聞き、楚に告げしむ。姚句耳與に往く。楚子鄭を救ふ。司馬中軍に將たり、令尹左に將たり、右尹子辛右に將たり。申を過ぐ。子反入りて申叔時に見えて曰く、「師其れ何如」と。對へて曰く、「德・刑・詳・義・禮・信は、戰の器なり。德は以って惠を施し、刑は以って邪を正し、詳は以って神に事へ、義は以って利を建て、禮は以って時に順ひ、信は以って物を守る。民生厚くして德正しく、用利ありて事節あり、時順ひて物成る。上下和睦し、周旋逆はず、求めて具はらざる無く、各其の極を知る。故に詩に曰く、『我が烝民を立つる、爾の極に匪ざる莫し』と。是を以って神之に福を降し、時に災害無く、民生敦厖にして、和同して以って聽き、力を盡くして以って上の命に從ひ、死を致して以って其の闕を補はざる莫し。此れ戰の由りて克つ所なり。今楚内に其の民を棄て、外に其の好を絶ち、齊盟を瀆して、話言を食み、時を奸して以って動き、民を疲らせて以って逞しくす。民信を知らず、進退罪あり。人底る所を恤ふ、其れ誰か死を致さん。子其れ之を勉めよ。吾復た子を見ざらん」と。姚句耳先に歸る。子駟焉に問ふ。對へて曰く、「其の行速かにして、險を過ぎて整はず。速かなれば則ち志を失ひ、整はざれば列を喪ふ。志失ひ列喪ふ、將に何を以ってか戰はん。楚懼らくは用ふ可からざらん」と。
-
尉繚子・戰威武を講じ敵を料(はか)り、敵の気をして失はしめて師散じ、刑全しと雖も之が用を為さざらしむ、此れ道勝なり。法制を審らかにし、賞罰を明らかにし、器用を便にし、民をして必戦の心有らしむ、此れ威勝なり。軍を破り将を殺し、闉(いん)に乗り機を発し、衆を潰し地を奪ひ、功を成して乃ち返る、此れ力勝なり。王侯此れを知らば、三勝する所以の者畢(つ)くせり。夫れ将の戦ふ所以の者は、民なり。民の戦ふ所以の者は、気なり。気実つれば則ち闘ひ、気奪はるれば則ち走る。刑未だ加へず、兵未だ接せずして、敵を奪ふ所以の者五つ。一に曰く廟勝の論、二に曰く受命の論、三に曰く踰垠(ゆぎん)の論、四に曰く深溝高塁の論、五に曰く陳を挙げ刑を加ふるの論。此の五者は、先づ敵を料りて後に動く、是を以て虚を撃ちて之を奪ふなり。
-
孫子・作戦篇故に智将は敵に食するを務む。敵に食する一鍾は、吾が二十鍾に当たり、萁稈一石は、吾が二十石に当たる。
-
『講孟余話』萬章下 第七章此の章、官職ある者の君命に趨くと、庶人敢へて諸侯に見えざると、義自ら別なるを論ず。但し方今官職ある者の君命に趨かざるを患へず、庶人敢へて諸侯に見えざるの風、断えてなきこと、廉恥なきの世間、深く憂ふべし。古人も忠臣を求むるは孝子の門に於てす、事に臨み節に死するの士を求むるは、平時直言の士に於てすべしと云へば、士気を培養するは、兎角平素に在ることなり。平素廉恥なきの極、一旦変起こることあらば、万官奔竄、鳥栖を択ぶに至ること、鏡に掛けて見るが如し。是れ憂ふべしとする所以なり。是を憂へば他なし、千乗の国の士に事ふるの故事を修むるに若かず。是れ久遠の謀なり。
-
言志四録・言志晩録 第百十五条 士気を振起するは率先に在り士気振はざれば、則ち防禦固からず。防禦固からざれば、則ち民心も亦固き能はず。然して其の士気を振起するは、人主の自ら奮ひて以て率先を為すに在り。復た別法の設くべき無し。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る