智囊 / 威克・哥舒翰・李光弼
〔馮評〕或問擢與眾誠有罪,然已除西川節度使及御史中丞矣,其如王命何?蓋軍事尚速,當用兵之際而逗留不返、擁兵不交,皆死法也。二人之除命必皆夤緣得之,而非出天子之意者,故二將得伸其權,而無人議其後耳。然在今日,莫可問矣。
新字:〔馮評〕或問擢与衆誠有罪,然已除西川節度使及御史中丞矣,其如王命何?蓋軍事尚速,当用兵之際而逗留不返、擁兵不交,皆死法也。二人之除命必皆夤縁得之,而非出天子之意者,故二将得伸其権,而無人議其後耳。然在今日,莫可問矣。
書き下し
〔馮評〕或いは問う、「擢と衆と誠に罪有り。然れども已に西川節度使及び御史中丞に除せらる。其れ王命を如何せん」と。蓋し軍事は速きを尚ぶ。兵を用うる際に当たりて、逗留して返らず、兵を擁して交せざるは、皆な死法なり。二人の除命は必ず皆な夤縁して之を得たるにして、天子の意に出ずるに非ざる者なり。故に二将は其の権を伸ばすを得て、其の後を議する人無きのみ。然れども今日に在りては、問うべきこと莫し。
現代語訳
〔馮夢龍の評〕ある人が問うた。「張擢と崔衆は確かに罪があった。しかしすでに西川節度使と御史中丞に任命されていた。王命をどう考えるのか」。思うに、軍事は迅速さを尊ぶ。戦いのさなかに、都にとどまって帰らなかったり、兵を抱えたまま引き渡さなかったりするのは、いずれも死罪に当たる。二人の任命は、きっと縁故や取り入りによって得たもので、天子の本意から出たものではないだろう。だから二人の将軍は権限を振るうことができ、その後を論じる人もいなかったのである。しかし今日では、問いただすことはできない。
解説
馮夢龍は、哥舒翰と李光弼が任命を受けた後の人物を斬っても咎められなかった理由を、軍事の迅速さと、任命が縁故で得られたものである点に求めています。命令の形式と実質が食い違うとき、前線の指揮官がどこまで判断してよいかという難しい問題です。経営でも、上層部の決定が現場の実態とずれているとき、現場責任者が実質を優先して動く場面はあります。ただし馮夢龍も、今日では問いただせないと断り、事実に確証が持てない点を認めています。権限の逸脱は、結果で正当化できるとは限らないと自戒すべきです。
この章句が説くこと
軍事は速きを尚ぶ王命夤縁権限現場判断規律
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