智囊 / 詰奸・韓琦
中書習舊弊,每事必用例。五房吏操例在手,顧金錢唯意所去取。於欲與,即檢行之;所不欲,或匿例不見。韓魏公令刪取五房例及刑房斷例,除其冗謬不可用者,為綱目類次之,封謄謹掌,每用例必自閱,自是人始知賞罰可否出宰相,五房吏不得高下其間。〔馮述評〕「例」之一宇,庸人所利,而豪傑所悲。用例已非,況由吏操縱,並例亦非公道乎。寇萊公作相時,章聖語兩府擇一人為馬步軍指揮使,公方擬議,門吏有以文籍進者,問之,曰:「例簿也。」公叱曰:「朝廷欲用一牙官,尚須一例,又安用我輩哉?戕壞國政者正此耳!」今日事事為例,為萊公不能矣;能為魏公,其庶乎?
新字:中書習旧弊,毎事必用例。五房吏操例在手,顧金銭唯意所去取。於欲与,即検行之;所不欲,或匿例不見。韓魏公令刪取五房例及刑房断例,除其冗謬不可用者,為綱目類次之,封謄謹掌,毎用例必自閲,自是人始知賞罰可否出宰相,五房吏不得高下其間。〔馮述評〕「例」之一宇,庸人所利,而豪傑所悲。用例已非,況由吏操縦,並例亦非公道乎。寇萊公作相時,章聖語両府択一人為馬歩軍指揮使,公方擬議,門吏有以文籍進者,問之,曰:「例簿也。」公叱曰:「朝廷欲用一牙官,尚須一例,又安用我輩哉?戕壊国政者正此耳!」今日事事為例,為萊公不能矣;能為魏公,其庶乎?
書き下し
中書は旧弊に習い、事毎に必ず例を用う。五房の吏は例を手に操り、金銭を顧みて意の去取する所に唯う。与えんと欲すれば即ち検して之を行い、欲せざる所は、或いは例を匿して見えず。韓魏公は五房の例及び刑房の断例を刪取し、其の冗謬にして用う可からざる者を除き、綱目を為して之を類次し、封謄して謹んで掌り、例を用うる毎に必ず自ら閲す。是より人は始めて賞罰可否の宰相に出ずるを知り、五房の吏は其の間に高下するを得ず。〔馮述評〕「例」の一字は、庸人の利とする所にして、豪傑の悲しむ所なり。例を用うるは已に非なり、況んや吏の操縦に由り、并びに例も亦た公道に非ざるをや。寇萊公、相と為りし時、章聖は両府に語りて一人を擇び馬歩軍指揮使と為さしむ。公方に擬議するに、門吏の文籍を以て進むる者有り。之を問うに、曰く、「例簿なり」と。公は叱して曰く、「朝廷の一牙官を用いんと欲するにも、尚お一例を須つ。又何ぞ我が輩を用いんや。国政を戕壊する者は正に此れのみ」と。今日は事事に例を為す。萊公たること能わず。魏公たること能うは、其れ庶からんか。
現代語訳
中書省は古い悪習に慣れて、事あるごとに必ず先例を用いていました。五つの部局の役人は先例を手に握り、金銭の多寡を見て、思いのままに取捨しました。与えたい相手には、先例を調べて実行し、与えたくない相手には、先例を隠して見せませんでした。韓魏公(韓琦)は、五つの部局の先例と刑部の判例を整理し、冗長で誤りがあって使えないものを除き、項目を立てて分類し、書き写して封をして慎重に保管し、先例を用いるたびに必ず自ら目を通しました。これ以来、人々ははじめて賞罰や可否の決定が宰相から出ることを知り、部局の役人はその間で高下を操作できなくなりました。〔馮夢龍の述評〕「例」の一字は、凡庸な者には利益となるが、豪傑には悲しむべきものである。先例を用いること自体が誤りなのに、まして役人に操られ、先例までもが公正な道でなくなっていては、どうしようもない。寇萊公(寇準)が宰相だったとき、章聖(真宗)が二府に、馬歩軍指揮使に一人を選ぶよう語りました。公が検討していると、門番の役人が文書を差し出す者がいます。何かと尋ねると、「先例の帳簿です」と言います。公は叱って言いました。「朝廷が一人の下級武官を用いるにも、なお先例が必要なのか。それならわれわれ宰相を置く意味があろうか。国政を損なうのはまさにこれだ」。今日は何事にも先例を持ち出す。萊公のようにはなれない。魏公のようにはなれるだろうか。
解説
この章句が説くこと
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