智囊 / 遠猶・韓琦
太宗、仁宗嘗獵於大名之郊,題詩數十篇,賈昌朝時刻於石。韓琦留守日,以其詩藏於班瑞殿之壁。客有勸琦摹本以進者。琦曰:「修之得已,安用進為?」客亦莫諭琦意。韓絳來,遂進之。琦聞之,歎曰:「昔豈不知進耶?顧上方銳意四夷事,不當更導之耳。」石守道編《三朝聖政錄》,將上。一日求質於琦,琦指數事:其一,太祖惑一宮鬟,視朝晏。群臣有言,太祖悟,伺其酣寢,刺殺之。琦曰:「此豈可為萬世法?已溺之,乃惡其溺而殺。彼何罪?使其復有嬖,將不勝其殺矣。」遂去此等數事。守道服其精識。
新字:太宗、仁宗嘗猟於大名之郊,題詩数十篇,賈昌朝時刻於石。韓琦留守日,以其詩蔵於班瑞殿之壁。客有勧琦摹本以進者。琦曰:「修之得已,安用進為?」客亦莫諭琦意。韓絳来,遂進之。琦聞之,嘆曰:「昔豈不知進耶?顧上方鋭意四夷事,不当更導之耳。」石守道編《三朝聖政録》,将上。一日求質於琦,琦指数事:其一,太祖惑一宮鬟,視朝晏。群臣有言,太祖悟,伺其酣寝,刺殺之。琦曰:「此豈可為万世法?已溺之,乃悪其溺而殺。彼何罪?使其復有嬖,将不勝其殺矣。」遂去此等数事。守道服其精識。
書き下し
太宗・仁宗、嘗て大名の郊に猟し、詩数十篇を題す。賈昌朝、時に石に刻す。韓琦、留守たりし日、其の詩を以て班瑞殿の壁に蔵す。客に琦に勧めて本を摹して以て進めしむる者有り。琦曰く、「之を修めて已むを得ば、安んぞ進むるを用いん」と。客も亦琦の意を諭らず。韓絳来たりて、遂に之を進む。琦聞きて歎じて曰く、「昔豈に進むるを知らざらんや。顧うに上、方に四夷の事に鋭意す。当に更に之を導くべからざるなり」と。石守道、《三朝聖政録》を編み、将に上らんとす。一日、琦に質すを求む。琦、数事を指す。其の一は、太祖一宮鬟に惑い、朝に視ること晏し。群臣に言う者有り、太祖悟り、其の酣寝するを伺いて、刺して之を殺す。琦曰く、「此れ豈に万世の法と為すべけんや。已に之に溺れ、乃ち其の溺るるを悪みて殺す。彼何の罪あらん。使し其れ復た嬖有らば、将に殺すに勝えざらん」と。遂に此の等の数事を去る。守道、其の精識に服す。
現代語訳
太宗と仁宗はかつて大名府の郊外で狩りをし、数十首の詩を書き残した。賈昌朝が当時、それを石に刻んだ。韓琦は留守だったとき、その詩を班瑞殿の壁にしまい込んだ。客の中に、写本を作って皇帝に献上するよう勧める者がいた。韓琦は「保存するだけで十分なのに、どうして献上する必要があるか」と答えた。客も彼の意図が分からなかった。韓絳が来て、とうとう献上した。韓琦はそれを聞いて嘆いた。「私が昔、献上すべきことを知らなかったとでも思うのか。ただ、今の陛下は異民族への対外策に熱心なので、これ以上その気持ちを煽ってはならないのだ」。石守道が『三朝聖政録』を編み、上奏しようとしていた。ある日、韓琦に意見を求めた。韓琦はいくつかの記事を指摘した。その一つは、太祖が一人の宮女に惑い、朝廷に出るのが遅くなった。臣下が諫めると太祖は悟り、彼女が熟睡している隙に刺し殺した、という話である。韓琦は言った。「これがどうして万世の手本になるだろうか。自分で溺れておきながら、溺れた自分を憎んで殺した。彼女に何の罪があるのか。もしまた寵愛する者が現れたら、殺しきれなくなる」。そこでこうした記事をいくつか削除した。石守道は韓琦の見識に感服した。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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老子・第14章之を視れども見えず、名づけて夷と曰う。之を聴けども聞こえず、名づけて希と曰う。之を搏てども得ず、名づけて微と曰う。此の三者は詰を致すべからず、故に混じて一と為る。其の上は皦らかならず、其の下は昧からず。縄縄として名づくべからず、無物に復帰す。是を無状の状、無物の象と謂い、是を惚恍と謂う。之を迎うれども其の首を見ず、之に随えども其の後を見ず。古の道を執りて、以て今の有を御す。能く古始を知る、是を道紀と謂う。
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孫子・行軍篇令素より行われて以て其の民を教うれば、則ち民服す。令素より行われずして以て其の民を教うれば、則ち民服せず。令素より行わるる者は、衆と相得るなり。
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論語・衛霊公篇子曰く、『群居終日して言義に及ばず、小慧を好んで行う、難きかな。』
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論語・里仁篇子曰わく、能く礼譲を以て国を為すか、何か有らん。能く礼譲を以て国を為さずんば、礼を如何せん。
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『大和俗訓』巻之八・応接一人のするわざ、其善悪十分に知れて、明白なること有り。又其事の有様、其人の心の中、善きも悪しきも、明かに知らざること多し。我が心に悪ししと思ふことも、その実をよく尋ぬれば、道理あることあり。善しと思ふことにも、善からざることあり。かやうのこと唐もやまとも、古今多し。天下皆非なるの理なしと、古人もいへり。何事も、人のしわざに故あらんと思ひ、妄に人を悪みそしるべからず。又妄に誉むべからず。
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『驢鞍橋』卷上卯の夏夜話に曰く、我分別いつとなく失せ、慮知抔と云ふことなし。然る間云ひ損ひも有らんず事ぢやが、出次第に働きて、此年迄来れとも間に合はぬ事無し。総して若き時より無分別なる性也。然れども元より事の談合肝要の時に至ては、何たる分別者よりも我一言に究むる事多し。我もいな事に思ふ也。但しつゝきれて云ふ心か、夫れは元より中中强い位有り、事の談合に及んでは、聞くと早や胸すはつてつゝきれて云はるゝと也。
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