宋名臣言行録 / 後集巻一・韓琦
中書習舊□毎事必用例五房史操例在手顧金錢惟意所去取所欲與白舉用之所不欲行或匿例不見公令刪取五房例及刑房斷例除其冗繆不可用者為綱目類次之封縢謹掌毎用例必自閱自是人知賞罰可否出宰相五房史不得髙下於其間
新字:中書習旧□毎事必用例五房史操例在手顧金銭惟意所去取所欲与白舉用之所不欲行或匿例不見公令刪取五房例及刑房断例除其冗繆不可用者為綱目類次之封縢謹掌毎用例必自閲自是人知賞罰可否出宰相五房史不得高下於其間
書き下し
中書は舊□に習い、事毎に必ず例を用う。五房の史、例を操りて手に在り、金錢を顧みて惟だ意の去取する所のままにす。與えんと欲する所は白げて之を舉用し、行わんと欲せざる所は或いは例を匿して見せず。公、五房の例及び刑房の斷例を刪取し、其の冗繆にして用う可からざる者を除き、綱目と爲して之を類次し、封縢して謹しみ掌り、例を用うる毎に必ず自ら閲す。是れより人、賞罰可否の宰相より出づるを知り、五房の史、其の間に髙下するを得ず。
現代語訳
中書省は古い〔一字を欠く〕のならわしに従い、事あるごとに必ず先例を用いた。五つの房の書記が先例を手中に握り、金銭を見ながら、ただ自分の思うままに取り捨てした。通したい件は先例を挙げて取り上げ、通したくない件は先例を隠して見せなかった。韓琦は五房の先例と刑房の判例を削り取り、冗長で誤りがあって使えないものを除き、綱目に組んで分類し直し、封をして慎んで管理し、先例を用いるたびに必ず自分で目を通した。これ以来、人々は賞罰も可否も宰相から出ることを知り、五房の書記がそのあいだで上げ下げすることができなくなった。
解説
前例主義そのものより、前例が誰の手にあるかが問題だった、という条です。通したい件は先例を挙げ、通したくない件は先例を隠して見せない。判断の根拠を一手に握っていれば、決めているのは書記のほうになります。韓琦がしたのは規則の廃止ではありません。削り、分類し、封をして、使うたびに自分で見る。根拠を目録にして手元に置いただけで、決定権が戻りました。賞罰も可否も宰相から出ることを、人々が知った。なお底本はここで一字を欠きます。
この章句が説くこと
五房の史例を操りて手に在り金銭を顧みて惟だ意の去取する所のままにす行わんと欲せざる所は或いは例を匿して見せず例を用うる毎に必ず自ら閲す先例権限資料
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