韓非子 / 內儲說上七術第三十
侏儒有見公者曰:「臣之夢踐矣。」公曰:「何夢?」對曰:「夢見竈,爲見公也。」公怒曰:「吾聞見人主者夢見日,奚爲見寡人而夢見竈?」對曰:「夫日兼燭天下,一物不能當也;人君兼燭一國人,一人不能擁也。故將見人主者夢見日。夫竈,一人煬焉,則後人無從見矣。今或者一人有煬君者乎?
新字:侏儒有見公者曰:「臣之夢践矣。」公曰:「何夢?」対曰:「夢見竈,為見公也。」公怒曰:「吾聞見人主者夢見日,奚為見寡人而夢見竈?」対曰:「夫日兼燭天下,一物不能当也;人君兼燭一国人,一人不能擁也。故将見人主者夢見日。夫竈,一人煬焉,則後人無従見矣。今或者一人有煬君者乎?
書き下し
侏儒、公に見ゆる者有り、曰く、「臣の夢踐す。」公曰く、「何をか夢みる。」對えて曰く、「夢に竈を見る、公に見ゆるが為なり。」...夫れ竈は一人焉に煬れば、則ち後人從て見る無し。今或は一人、君に煬る者有るか。
現代語訳
衛の霊公に侏儒(道化)が言った。「私の夢は当たります。」「何を見たか」「竈(かまど)を夢に見ました。あなたに会えるからです。」(王が「王に会う夢は太陽のはずだ」と怒ると、彼は言った)「竈は、一人が火に当たれば(前に立てば)、後ろの人は何も見えません。今、王の前で火に当たっている(=情報を独占している)者が一人いるのではありませんか?」
解説
衛の霊公に仕えていた道化師が、「王に会える夢を見た」と話し出しました。普通、王に会う夢といえば太陽を見る夢だと言われていたので、霊公が「なぜ竈(かまど)の夢を見て私に会えると思うのか」と怒ると、道化師はこう答えました。「竈は、一人がその前に立って火に当たっていると、後ろに並ぶ人には火の明かりも温もりも届きません。今、殿のそばにも、火の前を一人で占めている者がいるのではありませんか」。これは、上に立つ人が特定の一人の側近からしか話を聞かないと、その人が都合の良い話ばかりを伝え、他の者の声が届かなくなってしまうという戒めです。家庭で片方の子どもの言い分ばかり聞いていると、もう一人の言い分は永遠に耳に入りません。物事を正しく知るには、一つの窓口だけに頼らず、複数の人から話を聞き比べる姿勢が欠かせません。
この章句が説くこと
情報の独占裸の王様情報の透明性参観情報源
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『韓非子』內儲說上七術第三十凡そ謀る者は疑へばなり。疑ふとは、誠に疑ふなり、以て可と為す者半ばにして、以て不可と為す者半ばなり。今一国尽く以て可と為す、是れ王其の半ばを亡ふなり。主を劫かす者は固より其の半ばを亡ふ者なり」と。叔孫、魯に相として、貴くして主断す。其の愛する所の者を豎牛と曰ふ、亦叔孫の令を擅用す。叔孫に子有り壬と曰ふ。豎牛妬みて之を殺さんと欲し、因りて壬と魯君の所に游ぶ。魯君之に玉環を賜ふ。壬拝して之を受くるも敢へて佩びず、豎牛をして之を叔孫に請はしむ。豎牛之を欺きて曰く、「吾已に爾の為に之を請へり、爾をして之を佩びしむ」と。壬因りて之を佩ぶ。豎牛因りて叔孫に謂ふ、「何ぞ壬を君に見えしめざる」と。叔孫曰く、「孺子何ぞ見ゆるに足らんや」と。豎牛曰く、「壬固より已に数々君に見えたり。君之に玉環を賜ひ、壬已に之を佩べり」と。叔孫、壬を召して之を見るに、果たして佩ぶ。叔孫怒りて壬を殺す。壬の兄を丙と曰ふ。豎牛又妬みて之を殺さんと欲す。叔孫、丙の為に鐘を鋳る。鐘成るも、丙敢へて撃たず、豎牛をして之を叔孫に請はしむ。豎牛為に請はず、又之を欺きて曰く、「吾已に爾の為に之を請へり、爾をして之を撃たしむ」と。丙因りて之を撃つ。叔孫之を聞きて曰く、「丙請はずして擅に鐘を撃つ」と。怒りて之を逐ふ。丙出でて斉に走る。居ること一年、豎牛為に叔孫に謝す。叔孫、豎牛をして之を召さしむ。又召さずして之に報じて曰く、「吾已に之を召せり、丙怒ること甚だしく、来るを肯んぜず」と。叔孫大いに怒り、人をして之を殺さしむ。二子已に死し、叔孫病有り。豎牛因りて独り之を養ひて左右を去り、人を内れずして曰く、「叔孫は人の声を聞くを欲せず」と。食はせずして餓殺す。叔孫已に死し、豎牛因りて喪を発せざるなり。其の府庫の重宝を徙して之を空しくして斉に奔る。夫れ信ずる所の言を聴きて子父人の為に僇せらる、此れ参せざるの患ひなり。
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『韓非子』內儲說上七術第三十則ち臣竈を夢見ると雖も、亦可ならずや」と。魯の哀公、孔子に問ひて曰く、「鄙諺に曰く、『衆と莫くして迷ふ』と。今寡人事を挙ぐるに、群臣と之を慮るも、国愈々乱るるは、其の故何ぞや」と。孔子対へて曰く、「明王の臣に問ふや、一人は之を知り、一人は知らざるなり。是の如き者は、明主上に在りて、群臣下に直議す。今群臣は一辞同軌して季孫に乎はざる無く、魯国を挙げて尽く化して一と為る。君、境内の人に問ふと雖も、猶ほ乱を免れざるなり」と。一に曰く、晏子、魯に聘す。哀公問ひて曰く、「語に曰く、『三人莫くして迷ふ』と。今寡人一国と之を慮るも、魯乱を免れざるは何ぞや」と。晏子曰く、「古の所謂『三人莫くして迷ふ』者は、一人之を失ひ、二人之を得、三人は以て衆と為すに足る、故に『三人莫くして迷ふ』と曰ふ。今魯国の群臣は千百を以て数ふるも、言を季氏の私に一にす。人数衆からざるに非ざるも、言ふ所の者は一人なり、安んぞ三を得んや」と。斉人に斉王に謂ふ者有りて曰く、「河伯は大神なり。王何ぞ試みに之と遇はざる。臣請ふ王をして之に遇はしめん」と。迺ち壇場を大水の上に為りて、王と之に立つ。間有りて、大魚動く。因りて曰く、「此れ河伯なり」と。張儀、秦・韓と魏との勢を以て斉・荊を伐たんと欲し、而して恵施は斉・荊を以て兵を偃めんと欲す。二人之を争ふ。群臣左右皆張子の為に言ひて、斉・荊を攻むるを以て利と為し、而して恵子の為に言ふ莫し。王果たして張子に聴きて、恵子の言を以て不可と為す。斉・荊を攻むるの事已に定まり、恵子入りて見ゆ。王言ひて曰く、「先生言ふ毋かれ。斉・荊を攻むるの事は果たして利あり、一国尽く以て然りと為す」と。恵子因りて説く、「察せざるべからざるなり。夫れ斉・荊の事や誠に利ありて、一国尽く以て利と為す、是れ何ぞ智者の衆きや。斉・荊を攻むるの事誠に利とすべからずして、一国尽く以て利と為す、何ぞ愚者の衆きや。
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『韓非子』內儲說上七術第三十江乙、魏王の為に荊に使ひし、荊王に謂ひて曰く、「臣、王の境内に入りて、王の国俗を聞くに曰く、『君子は人の美を蔽はず、人の悪を言はず』と。誠に之有りや」と。王曰く、「之有り」と。「然らば則ち白公の乱の若きは、危ふきこと無きを得んや。誠に此の如きを得ば、臣死罪を免れん」と。衛の嗣君、如耳を重んじ、世姫を愛し、而して其の皆其の愛重に因りて以て己を壅がんことを恐るるなり。乃ち薄疑を貴びて以て如耳に敵せしめ、魏姫を尊びて以て世姫に耦せしめて曰く、「是を以て相参せしむ」と。嗣君は壅がるること無からんと欲するを知るも、未だ其の術を得ざるなり。夫れ賤をして貴を議せしめず、下必ず上に坐して、而して必ず勢重の鈞しきを待ちて、而る後に敢へて相議すれば、則ち是れ益々壅塞の臣を樹つるなり。嗣君の壅がるること乃ち始まる。夫れ矢の来ること郷有れば、則ち鉄を積みて以て一郷に備ふ。矢の来ること郷無ければ、則ち鉄室を為りて以て尽く之に備ふ。之に備ふれば則ち体傷つかず。故に彼は尽く之に備ふるを以て傷つかず、此れは尽く之に敵するを以て姦無きなり。龐恭、太子と邯鄲に質たらんとし、魏王に謂ひて曰く、「今一人市に虎有りと言はば、王之を信ぜんか」と。曰く、「信ぜず」と。
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『韓非子』內儲說上七術第三十主の用ふる所は七術、察する所は六微なり。七術、一に曰く衆端参観、二に曰く必罰明威、三に曰く信賞尽能、四に曰く一聴責下、五に曰く疑詔詭使、六に曰く挟知而問、七に曰く倒言反事。此の七者は主の用ふる所なり。観聴参せざれば則ち誠聞こえず、聴くに門戸有れば則ち臣壅塞す。其の説は侏儒の竈を夢見ると、哀公の「衆と莫くして迷ふ」を称するとに在り。故に斉人の河伯を見すと、恵子の「其の半を亡ふ」を言ふとなり。其の患ひは豎牛の叔孫を餓ゑしむると、江乙の荊の俗を説くとに在り。嗣公は治めんと欲して知らず、故に敵有らしむ。是を以て明主は積鉄の類を推して、一市の患ひを察す。参観一。愛多き者は則ち法立たず、威寡なき者は則ち下上を侵す。是を以て刑罰必ならざれば則ち禁令行はれず。其の説は董子の石邑に行くと、子産の游吉に教ふるとに在り。故に仲尼は隕霜を説きて、殷の法は棄灰を刑す。将行は楽池を去りて、公孫鞅は軽罪を重くす。是を以て麗水の金は守られず、積沢の火は救はれず。成歓は太だ仁なるを以て斉国を弱め、卜皮は慈恵を以て魏王を亡ぼす。管仲之を知る、故に死人を断ず。嗣公之を知る、故に胥靡を買ふ。必罰二。賞誉薄くして謾なる者は下用ゐられず、賞誉厚くして信なる者は下死を軽んず。其の説は文子の「獣鹿の若し」と称するに在り。故に越王は宮室を焚き、呉起は車轅を倚せ、李悝は訟を断ずるに射を以てし、宋の崇門は毀を以て死す。勾践之を知る、故に怒鼃に式す。昭侯之を知る、故に弊袴を蔵す。厚賞の人をして賁・諸為らしむるや、婦人の蚕を拾ひ、漁者の鱣を握る、是を以て之を效す。賞誉三。一聴すれば則ち愚智紛れず、下に責むれば則ち人臣参せず。其の説は「鄭を索む」と「竽を吹く」とに在り。
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『韓非子』亡徵第十五聴くに爵を以てして参験を待たず、一人を用ゐて門戸と為す者は、亡ぶべきなり。
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