智囊 / 詰奸・張駱
石晉魏州冠氏縣華林僧院,有鐵佛長丈餘,中心且空,一旦云「鐵佛能語」,徒眾稱贊,聞於鄉縣,士眾雲集,施利填委。時高宗鎮鄴,命衙將尚謙齎香設齋,且驗其事。有三傳張駱請與偕行,暗與縣鎮計,遣院僧盡赴道場。駱潛開僧房,見地有穴,引至佛座下。乃令謙立於佛前,駱由穴入佛空身中,厲聲俱說僧過,即遣人擒僧。取其魁首數人上聞,戮之。
新字:石晋魏州冠氏県華林僧院,有鉄仏長丈余,中心且空,一旦云「鉄仏能語」,徒衆称賛,聞於郷県,士衆雲集,施利填委。時高宗鎮鄴,命衙将尚謙齎香設斎,且験其事。有三伝張駱請与偕行,暗与県鎮計,遣院僧尽赴道場。駱潜開僧房,見地有穴,引至仏座下。乃令謙立於仏前,駱由穴入仏空身中,厲声倶説僧過,即遣人擒僧。取其魁首数人上聞,戮之。
書き下し
石晋の魏州冠氏県の華林僧院に、鉄仏の長さ丈余なるもの有り、中心は且つ空なり。一旦「鉄仏は能く語る」と云い、徒衆は称賛し、郷県に聞こえ、士衆は雲集し、施利は填委す。時に高宗は鄴に鎮し、衙将の尚謙に命じて香を齎し斎を設けしめ、且つ其の事を験せしむ。三伝の張駱有り、与に偕に行かんことを請い、暗に県鎮と計り、院僧を遣りて尽く道場に赴かしむ。駱は潜かに僧房を開き、地に穴有るを見、引いて仏座の下に至る。乃ち謙をして仏前に立たしめ、駱は穴より入りて仏の空身の中に由り、厲声して俱に僧の過ちを説き、即ち人を遣りて僧を擒えしむ。其の魁首の数人を取りて上聞し、之を戮す。
現代語訳
後晋の魏州、冠氏県の華林僧院に、長さ一丈あまりの鉄の仏像がありましたが、その中は空洞でした。ある日、「鉄の仏が口をきく」という噂が立ち、弟子たちは褒めたたえ、郷や県に聞こえて、人々が雲のように集まり、お布施が山積みになりました。そのころ高宗(のちの後漢の高祖)は鄴を鎮めており、衙将の尚謙に命じて香を捧げ、法要を営ませるとともに、その事を確かめさせました。三伝の張駱が同行を願い出て、ひそかに県の役人と相談し、寺の僧をみな法要の場に行かせました。張駱は密かに僧房の戸を開けて、地面に穴があるのを見つけ、それをたどって仏像の台座の下に至りました。そこで尚謙を仏像の前に立たせ、張駱は穴から入って仏像の空洞の中に入り、大声で僧たちの悪事を並べ立てました。ただちに人を遣わして僧を捕らえさせ、その首謀者数人を連れて上に報告し、処刑しました。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』狡黠・譎僧僧有り、貌を異にし、能く粒を絶つ。瓢衲の外、絲粟も俱に無し。徽商の木筏に坐し、旬日食わず飢えず。商これを試み、其の筏を中流に放つこと又旬日、亦た此の如し。乃ち相い率いて礼拝し、称して「活仏」と為し、競いて供養す。曰く、「供養を用いる無し。我は某山の寺の頭陀なり。大殿の毀れたるを以て、檀越より布施を乞い、無量の功徳を作さんと欲す」と。因りて疏を出し、各々甲乙を占め畢らしむ。仍りて期するに某月日、寺に入りて相い見えんことを以てす。期に及び、衆往きて寺を詢うに、絶えて此の僧無し。殿は即ち毀れ、亦た乞施する者無し。方に僧と与に之を駭く。忽ち伽藍の貌、酷だ僧に似たるを見る。懐中に簿有り、即ち前の疏なり。衆、神異に詫き、千金を喜施す。語を泄らせば功徳を損なわんことを恐れ、相い伝うる勿れと戒む。後に乃ち知る、始め像を塑せし時、僧の貌の異なるに因りて、遂に之に肖せ、此の伎倆を作せしことを。而して食わざるは、乃ち乾牛肉を臠大の数珠数十顆に暗に封じたるなり。皆奸僧の為す所なり。閿郷の一村僧、田家の牛の肥碩なるを見て、日に牛の野に在るを伺い、塩を己の首に置き、牛をして之を舐めしむ。久しくして遂に閑習す。僧、一夕、田家に至り、泣きて告げて曰く、「君が牛は乃ち吾が父の後身なり。父、夢を以て我に告ぐ。我は贖いて帰らんと欲す」と。主、牛を驅り出だす。牛、僧を見て即ち僧の首を舐む。主、遂に牛を以て僧に与う。僧、帰りて牛を殺し、其の肉を丸めて空竹杖の中に置き、又坐関して食わざるを以て人を欺く。後に孟知縣なる者有り、僧に便溺を詢い、始めて其の詐を窮む。
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