智囊 / 剖疑・程顥
南山僧舍有石佛,歲傳其首放光,遠近男女聚觀,晝夜雜處,為政者畏其神,莫敢禁止。程顥始至,詰其僧曰:「吾聞石佛歲現光,有諸?」曰:「然。」戒曰:「俟復見,必先白,吾職事不能往,當取其首就觀之。」自是不復有光矣。
新字:南山僧舎有石仏,歳伝其首放光,遠近男女聚観,昼夜雑処,為政者畏其神,莫敢禁止。程顥始至,詰其僧曰:「吾聞石仏歳現光,有諸?」曰:「然。」戒曰:「俟復見,必先白,吾職事不能往,当取其首就観之。」自是不復有光矣。
書き下し
南山の僧舎に石仏有り。歳ごとに其の首、光を放つと伝え、遠近の男女聚まり観、昼夜雑処す。政を為す者、其の神を畏れ、敢えて禁止する莫し。程顥、始めて至り、其の僧を詰りて曰く、「吾、聞く、石仏は歳ごとに光を現すと。諸れ有りや」と。曰く、「然り」と。戒めて曰く、「復た見るを俟たば、必ず先ず白せ。吾、職事あり、往く能わず。当に其の首を取りて就きて之を観るべし」と。自後、復た光有らず。
現代語訳
南山の僧舎に石仏があった。毎年、その首が光を放つと伝えられ、遠近の男女が集まって見物し、昼も夜も入り混じって過ごした。役人たちは神を畏れて、誰も禁止しようとしなかった。程顥は着任すると、その僧に問いただした。「私は、石仏が毎年光を現すと聞いたが、本当か」。僧は「はい」と答えた。程顥は戒めて言った。「次に現れたら、必ずまず私に知らせよ。私は職務があって行けないから、その首を取って私のところで見よう」。それ以後、二度と光ることはなかった。
解説
程顥は、奇跡の見物が人々の風紀を乱していることを問題にしつつ、頭ごなしの禁止ではなく、光る首を自分のところへ持って来させるという要求を出しました。この要求を満たせないと、作為が露見します。僧自身が自ら取りやめざるを得ない状況に追い込んだ点が見事です。管理職が、効果の疑わしい慣行を止めたいとき、命令で潰すより、確認のためにこちらへ持って来てほしいという求めで相手に選択させると、摩擦を抑えて止められます。ごく短い話ですが、無用な対立を避ける実務の知恵が詰まっています。
この章句が説くこと
石仏放光取其首昼夜雑処不復有光風紀穏当な対処
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