智囊 / 詰奸・汪旦・黃紱
黃紱,封丘人。為四川參政時,過崇慶,忽旋風起輿前,公曰:「即有冤,且散,吾為若理。」風遂止。抵州,沐而禱於城隍,夢中若有神言州西寺者。公密訪州西四十里,有寺當孔道,倚山為巢。公旦起,率吏民急抵寺,盡係諸僧,中一僧少而狀甚獰惡,詰之,無祠牒。即涂醋堊額上,曬洗之,隱有巾痕,公曰:「是盜也。」即訊諸僧,不能隱,盡得其奸狀。蓋寺西有巨塘,夜殺投宿人沉塘中,眾共分其貲;有妻女,則又分其妻女,匿之窖中。恣淫毒久矣,公盡按律殺僧,毀其寺。
新字:黄紱,封丘人。為四川参政時,過崇慶,忽旋風起輿前,公曰:「即有冤,且散,吾為若理。」風遂止。抵州,沐而祷於城隍,夢中若有神言州西寺者。公密訪州西四十里,有寺当孔道,倚山為巣。公旦起,率吏民急抵寺,尽係諸僧,中一僧少而状甚獰悪,詰之,無祠牒。即涂醋堊額上,曬洗之,隠有巾痕,公曰:「是盗也。」即訊諸僧,不能隠,尽得其奸状。蓋寺西有巨塘,夜殺投宿人沈塘中,衆共分其貲;有妻女,則又分其妻女,匿之窖中。恣淫毒久矣,公尽按律殺僧,毀其寺。
書き下し
黄紱は封丘の人なり。四川参政と為りし時、崇慶を過ぎ、忽ち旋風の輿前に起こる。公曰く、「即ち冤有らば、且く散ぜよ。吾れ若が為に理めん」と。風遂に止む。州に抵り、沐して城隍に禱る。夢中に神の州西の寺を言う若き有り。公は密かに訪うに、州西四十里に、寺有り孔道に当たり、山に倚りて巣を為す。公は旦に起き、吏民を率いて急ぎ寺に抵り、尽く諸僧を係ぐ。中の一僧は少くして状甚だ獰悪なり。之を詰るに祠牒無し。即ち醋と堊を額上に涂り、曬して洗わしむれば、隠かに巾の痕有り。公曰く、「是れ盗なり」と。即ち諸僧を訊するに、隠す能わず、尽く其の奸状を得たり。蓋し寺の西に巨塘有り、夜に投宿の人を殺して塘中に沈め、衆共に其の貲を分かつ。妻女有れば、則ち又其の妻女を分かち、窖中に匿す。淫毒を恣にすること久し。公は尽く律に按じて僧を殺し、其の寺を毀つ。
現代語訳
黄紱は封丘の人です。四川の参政だったとき、崇慶を通りかかると、突然、旋風が輿の前に巻き起こりました。公は言いました。「もし冤罪があるなら、まず散れ。わたしがお前のために取り調べよう」。すると風はやみました。州に着くと、身を清めて城隍神に祈りました。夢の中で、神が州の西の寺について告げたような気がしました。公がひそかに調べると、州の西四十里に、街道に面して山を背にした寺があり、巣窟のようになっていました。公は朝早く起き、役人と民衆を率いて急いでその寺に向かい、僧をすべて縛りました。その中に、若くて顔つきがひどく凶悪な僧がいました。問いただすと、出家を証明する度牒がありません。そこで酢と白土をその額に塗り、日に当てて洗わせると、ほのかに頭巾の跡が見えました。公は「これは盗賊だ」と言いました。ただちにすべての僧を取り調べると、隠しきれず、悪事をすべて白状しました。寺の西に大きな池があり、夜に泊まった客を殺して池に沈め、みなで財産を分けていました。妻や娘がいれば、それも分け合って地下室に隠しました。長らく淫らで毒々しい行いを重ねていたのです。公は法に従って僧をすべて処刑し、寺を壊しました。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』詰奸・汪旦・黃紱凌は三僧の顕に従いて往くを許し、自ら八輩と与に之に随う。既に寺に至れば、則ち窖中は黄白燦然として、其の取る所を恣にす。僧は陽に臥具を束ね、而して陰かに寺中の刀斧の属を収め、三更を期して門を斬りて出でんとす。汪は方に燭を秉りて、申詳の稿を構う。忽ち心動き、念うに、百僧一獄にして、卒に変有らば支うる莫からん、と。乃ち密かに快手の械を持つを召して入宿せしむ。甫めて集まれば、而ち僧の乱起こる。僧の用うる所は皆な短兵なり。衆は長槍を以て之を御ぎ、僧は敵する能わず、多く死す。顕は事の諧わざるを知り、揚言して曰く、「吾が儕の好醜は区別あり。相公は一一細かに鞫せず、此を以て変を激す。然れども反せし者は数人に過ぎず、今已に誅死せり。吾が儕は当に面して相公に訴うべし」と。汪は刑房の吏をして諭さしめて曰く、「相公も亦た汝曹の尽くは反する者に非ざるを知る。然れども反せし者は已に死せり。尽く器械を納む可し。明日庭鞫して之を分別せん」と。器械既に出ずれば、是に於て僧を召し、十人毎に一鞫し、次を以て誅絶す。明に至り、百僧殲ぶ。器械の獄に入りし故を究むれば、始めて凌志らの弊竇なるを知る。而して志らは則ち已に兵に死せり。〔馮注〕万暦乙未の歳、西呉の許孚遠、八閩を巡撫し、某寺の絳衣真人の大殿の蒲団の下より出ずるを断ず。事は略ぼ同じ。
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『智囊』詰奸・向敏中向敏中、西京に在りしとき、僧の暮れに村を過ぎて寄宿を求むる有り。主人許さず。是に於いて権に主人の外の車廂に寄宿す。夜、盗の牆上より一婦人の囊衣を扶けて出づる有り。僧自ら念う、主人に納れられず、今、主人の家、其の婦人及び財を亡えば、明日必ず我を執えんと。因りて亡げ去り、誤りて眢井に墮つ。則ち婦人は已に盗の殺す所と為り、先に井中に在り。明日、主人、蹤跡して之を得、執えて県に詣る。僧、自ら誣いて服す。「誘いて与に俱に亡げ、追う者を懼れて、因りて之を殺して井中に投じ、暮夜に覚えず足を失い、亦た墜つ。贓は井の旁らに在りしが、何人の取り去りしかを知らず」と。獄成りて府に言う。府は皆な平允とするも、独り敏中のみ贓の獲られざるを以て疑いを致し、乃ち僧を引きて固く問い、其の実を対うるを得たり。敏中、密かに吏をして出でて訪ねしむ。吏、村店に食す。店の嫗、府中より来たるを聞き、問いて曰く、「僧の獄は何如」と。吏、之を紿きて曰く、「昨に已に笞死せり」と。嫗曰く、「今、賊を獲ば何如」と。曰く、「已に誤りて此の獄を決せり。賊を獲ると雖も亦た問わず」と。嫗曰く、「之を言うも傷つくる無し。婦人は乃ち村中の少年某甲の殺す所なり」と。其の舎を指示す。吏、舎に就きて掩捕して之を獲たり。案問して具に服し、並びに其の贓を得て、僧乃ち出づるを得たり。〔馮述評〕前代の明察の官、其の事を成すこと往往にして吏の力を得たり。吏は公挙に出ず、故に用うべきの才多し。今、銭を出して吏を納む。吏を以て市と為すのみ。令、獄を訪ぬれば、便ち獄を鬻ぐ。況んや官の心、猶お吏のごとくなれば、民安んぞ冤せられざるを得んや。
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『智囊』詰奸・汪旦・黃紱広西南寧府永淳県の宝蓮寺に「子孫堂」有り、傍らに浄室多し。相い伝えて嗣を祈ること頗る験ありとし、布施は山積す。凡そ婦女の嗣を祈るは、須く年壮にして疾無き者、先期に斎戒し、聖笤を得て方めて止宿を許す。其の婦女は或いは夢に仏の子を送ると言い、或いは羅漢と言い、或いは言わず。或いは一宿して再びせず、或いは屢しば宿して屢しば往く。浄室は厳密にして隙無く、而も夫男は戸外に居るを以て、故に人皆な焉を信ず。閩人汪旦、初めて県に蒞み、其の事を疑い、乃ち二妓を飾りて以て往かしめ、属して云う、「夜に至る者有らば拒む勿れ。但だ硃墨の汁を以て密かに其の頂に涂れ」と。次日の黎明、兵を寺外に伏せ、親ら往きて点視す。衆僧は倉惶として出で謁す。凡そ百余人、帽を去らしむれば、則ち紅頭墨頭の者各おの二なり。令して之を縛らしめ、二妓を出だして其の状を証せしむ。云う、「鍾の定まるや、両僧更ごも至り、調経種子丸一包を贈る」と。汪は他の嗣を求むる婦女を拘訊せしむるに、皆な「無有」と云う。之を搜せば、各おの種子丸を得ること妓の如し。乃ち縦ち去らしめて問わず、而して兵衆を召し入れしめ、衆僧は懾れて敢て動かず、一一就縛す。其の故を究むるに、則ち地平或いは牀下に悉く暗道有りて通ず可し。蓋し汚す所の婦女は幾許なるかを知らず。既に獄に置けば、獄之が為に盈つ。住持の名は仏顕、禁子の凌志に謂いて曰く、「我れ寺を掌ること四十年、積金は無算なり。自ら必死を知る。能く私かに我らを釈して暫く帰らしめ取り来たらしめば、半ばを以て相い贈らん」と。
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『智囊』詰奸・徽州富商徽の富商某、一小家の婦を悦び、之を娶らんと欲し、厚く其の夫を餌す。夫は其の金を利とし、以て婦に語るも、婦従わず、強いて而る後に可とす。夜を卜して具を為して之を招き、故らに自ら匿れ、婦をして觴を主らしむ。商来たること稍や遅く、入れば則ち婦は先に殺され、其の首を亡う。驚き走りて、其の由を知らず。夫は商なりと以い、郡に訟う。商曰く、「相い悦ぶこと之有り。即い従わずとも、尚お緩やかに図るべし。何ぞ之を殺すに至らん」と。一老人曰く、「向時叫夜の僧、殺人の次夜に於て遂に声無し。疑う可きなり」と。商は人を募りて僧の所在を察せしめ、果たして傍郡に於て之を識る。乃ち一人をして婦の衣を著けて林中に居らしめ、僧の過ぐるを候ちて、婦の声を作して呼びて曰く、「和尚よ、我が頭を還せ」と。僧驚きて曰く、「頭は汝が宅の上三家の鋪架上に在り」と。衆出でて僧を縛る。僧は語の泄れしを知り、曰く、「其の夜の門の啓くを伺い、入りて盗まんと欲す。婦の盛装して牀側に泣くを見て、淫せんと欲するも得ず、殺して其の頭を攜え出で、三家の鋪架上に掛けたり」と。上の三家の人を拘え至らしむれば、曰く、「之有り。当時禍を懼れ、移して又上の数家の門首の樹上に掛けたり」と。又上の数家の人を拘え至らしむれば、曰く、「之有り。当日即ち園中に埋めたり」と。吏を遣わして往きて掘らしむれば、果たして一頭を得たり。乃ち須有る男子なり。再び掘れば婦の頭始めて出づ。問う、「頭は何れより来たるか」と。乃ち十年前に其の仇の頭を斬りしなり。是に於て二人皆な死に抵つ。
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『宋名臣言行録』前集巻三・向敏中公西京に在り。僧有り、暮に村民の家を過ぎて寄止せんことを求む。主人許さず。僧、門外の車廂の中に寢せんことを求む。之を許す。夜、盗の其の家に入る有り。墻上より一婦人并びに嚢衣を扶けて出づ。僧適々寐ねず、之を見る。自ら念う、主人の納宿する所と為らず、今、主人其の婦及び財を亡う、明日必ず我を執えて縣官に詣らんと。因りて夜亡げ去り、荒草の中を走る。忽ち眢井に墮つ。則ち婦人已に盗の殺す所と為り、先に其の中に在り。明日、主人搜訪して之を井中に得たり。執えて以て縣に詣る。掠治す。僧自ら誣いて云う、子婦と姦し、誘いて與に俱に亡ぐ。人の得る所と為らんことを恐れ、因りて之を殺して井中に投ず。暮夜、覺えず足を失いて亦た其の中に墜つ。贓は井傍に在るも、亡失して何人の取る所かを知らずと。獄成りて府に言う。府皆な以て疑いと為さず。獨り公のみ贓の獲られざるを以て之を疑う。僧を引きて詰問すること數四。僧罪に服す。但だ言う、某、前生に當に此の人に負くべくして死すと。公固く之を問う。乃ち實を以て對う。公宻かに吏をして其の賊を訪ねしむ。吏、村店に食す。店嫗、其の府中より来たるを聞く。其の吏なるを知らざるなり。之に問いて曰く、僧の獄は何如と。吏之を紿きて曰く、昨日已に笞死せりと。嫗曰く、今、賊を獲らば何如と。吏曰く、已に誤りて此の獄を決せり。賊を獲ると雖も亦た問わざるなりと。嫗曰く、之を言うも傷む無し。婦人は乃ち此の村の少年某甲の殺す所なりと。吏曰く、其の人安くに在りと。嫗其の舍を指示す。吏、舍中に就きて掩捕して之を獲たり。案問すれば具に服す。并びに其の贓を得たり。一府咸な以て神と為す。
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『智囊』詰奸・胡汲仲胡汲仲、寧海に在りし日、群嫗の仏庵に聚まりて経を誦する有り。一嫗其の衣を失う。適たま汲仲の出行するに、前に訟う。汲仲は牟麦を以て群嫗の掌中に置き、合掌して仏を繞りて経を誦すること故の如くならしむ。汲仲は目を閉じ端坐し、且つ曰く、「吾れ神をして之を督せしむ。衣を盗む者、行くこと数周なれば、麦当に芽ぐむべし」と。中の一嫗屢しば開きて其の掌を視る。遂に命じて之を縛らしむれば、果たして衣を窃みし者なり。
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