智囊 / 詰奸・柳慶
柳慶領雍州別駕。有賈人持金二十斤,寄居京師。每出,常自執鑰。無何,緘閉不異,而並失之。郡縣謂主人所竊,自誣服。慶疑之,問賈人置鑰何處,曰:「自帶。」慶曰:「頗與人同宿乎?」曰:「無。」「與同飲乎?」曰:「日者曾與一沙門再度酣宴,醉而晝寢。」慶曰:「沙門乃真盜耳。」即遣捕,沙門乃懷金逃匿。後捕得,盡獲所失金。又有胡家被劫,郡縣按察,莫知賊所,鄰近被囚者甚多。慶乃詐作匿名書,多榜官門,曰:「我等共劫胡家,徒侶混雜,終恐洩露,今欲首伏,懼不免罪,便欲來告。」慶乃復施免罪之牒。居一日,廣陵王欣家奴面縛自告牒下,因此盡獲餘黨。
新字:柳慶領雍州別駕。有賈人持金二十斤,寄居京師。毎出,常自執鑰。無何,緘閉不異,而並失之。郡県謂主人所窃,自誣服。慶疑之,問賈人置鑰何処,曰:「自帯。」慶曰:「頗与人同宿乎?」曰:「無。」「与同飲乎?」曰:「日者曽与一沙門再度酣宴,酔而昼寝。」慶曰:「沙門乃真盗耳。」即遣捕,沙門乃懐金逃匿。後捕得,尽獲所失金。又有胡家被劫,郡県按察,莫知賊所,鄰近被囚者甚多。慶乃詐作匿名書,多榜官門,曰:「我等共劫胡家,徒侶混雑,終恐洩露,今欲首伏,懼不免罪,便欲来告。」慶乃復施免罪之牒。居一日,広陵王欣家奴面縛自告牒下,因此尽獲余党。
書き下し
柳慶、雍州別駕を領す。賈人の金二十斤を持ちて京師に寄居する有り。出づる毎に、常に自ら鑰を執る。無何、緘閉異ならざるに、並びに之を失う。郡県は主人の窃む所と謂い、自ら誣いて服す。慶之を疑い、賈人に問う、鑰を何れの処に置くか、と。曰く、「自ら帯ぶ」と。慶曰く、「頗る人と同宿すること有るか」と。曰く、「無し」と。「与に同飲すること有るか」と。曰く、「日者曽て一沙門と再度酣宴し、酔いて昼寝ぬ」と。慶曰く、「沙門乃ち真の盗なるのみ」と。即ち遣わして捕らえしむるに、沙門は金を懐きて逃匿す。後に捕らえ得て、尽く失う所の金を獲たり。又胡の家の劫わるる有り、郡県按察するも、賊の所を知る莫く、隣近の囚わるる者甚だ多し。慶乃ち詐りて匿名の書を作り、多く官門に榜して曰く、「我ら共に胡の家を劫す。徒侶混雑し、終に洩露を恐る。今首伏せんと欲するも、罪を免れざるを懼れ、便ち来たり告げんと欲す」と。慶乃ち復た免罪の牒を施す。居ること一日、広陵王欣の家奴、面縛して自ら牒の下に告ぐ。此に因りて尽く余党を獲たり。
現代語訳
柳慶が雍州の別駕を兼ねていたときのことです。ある商人が黄金二十斤を持って都に滞在していました。外出するたびに、いつも自分で鍵を持ち歩いていました。ところがある日、封も戸締まりも変わりがないのに、金がすべて消えていました。郡や県の役人は宿の主人が盗んだと決めつけ、主人はやむなく罪を認めてしまいました。柳慶はこれを怪しみ、商人に鍵をどこに置いているかを尋ねました。商人は「身につけています」と答えました。「誰かと同じ部屋で寝たことはあるか」「ありません」「一緒に酒を飲んだことは」「先ごろ一人の僧と二度ほど酒宴をし、酔って昼寝をしました」。柳慶は「その僧こそ本当の盗人だ」と言い、すぐ捕らえに行かせました。僧は金を抱えて逃げ隠れていましたが、のちに捕まり、失われた金はすべて戻りました。また、胡人の家が強盗に襲われた事件があり、郡県が調べても賊の所在が分からず、近隣の人が大勢投獄されました。柳慶は偽りの匿名の文書を作って役所の門に多く貼り出しました。「われわれは共謀して胡人の家を襲った。仲間が多く、いずれ露見するだろう。自首したいが罪を免れないのが怖くて、告げ出せずにいる」。そのうえで、罪を免除するという通達を出しました。すると一日たって、広陵王欣の家の奴隷が、自分で自分を縛って通達の下に自首してきました。これをきっかけに残りの一味もすべて捕らえました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『韓非子』制分第五十五過を告ぐる者は罪を免れて賞を受け、姦を失う(見逃すこと) 者は必ず誅せられて刑に連なる。此の如くなれば、則ち姦類發(あば)かる。
-
『韓非子』內儲說上七術第三十江乙、魏王の為に荊に使ひし、荊王に謂ひて曰く、「臣、王の境内に入りて、王の国俗を聞くに曰く、『君子は人の美を蔽はず、人の悪を言はず』と。誠に之有りや」と。王曰く、「之有り」と。「然らば則ち白公の乱の若きは、危ふきこと無きを得んや。誠に此の如きを得ば、臣死罪を免れん」と。衛の嗣君、如耳を重んじ、世姫を愛し、而して其の皆其の愛重に因りて以て己を壅がんことを恐るるなり。乃ち薄疑を貴びて以て如耳に敵せしめ、魏姫を尊びて以て世姫に耦せしめて曰く、「是を以て相参せしむ」と。嗣君は壅がるること無からんと欲するを知るも、未だ其の術を得ざるなり。夫れ賤をして貴を議せしめず、下必ず上に坐して、而して必ず勢重の鈞しきを待ちて、而る後に敢へて相議すれば、則ち是れ益々壅塞の臣を樹つるなり。嗣君の壅がるること乃ち始まる。夫れ矢の来ること郷有れば、則ち鉄を積みて以て一郷に備ふ。矢の来ること郷無ければ、則ち鉄室を為りて以て尽く之に備ふ。之に備ふれば則ち体傷つかず。故に彼は尽く之に備ふるを以て傷つかず、此れは尽く之に敵するを以て姦無きなり。龐恭、太子と邯鄲に質たらんとし、魏王に謂ひて曰く、「今一人市に虎有りと言はば、王之を信ぜんか」と。曰く、「信ぜず」と。
-
十七条憲法 第六条悪(あく)を懲(こ)らし善(ぜん)を勧(すす)むるは、古(いにしえ)の良典(りょうてん)なり。是(ここ)を以(もっ)て善人を匿(かく)すこと無く、悪を見ては必ず匡(ただ)せ。それ諂詐(てんさ)する者は、則(すなわ)ち国家(こっか)の利器(りき)、人民(じんみん)の鋒剣(ほうけん)なり。亦(また)佞媚(ねいび)する者は、上(かみ)に対(むか)いては則(すなわ)ち好(この)んで下(しも)の過(あやまち)を説(と)き、下(しも)に逢(あ)いては則(すなわ)ち上(かみ)の失(あやまち)を誹謗(ひぼう)す。それ此(か)くの如(ごと)き人は、皆(みな)君(きみ)に忠(ちゅう)無(な)く、民(たみ)に仁(じん)無し。是(こ)れ大乱(たいらん)の本(もと)なり。
-
『智囊』見大・李孝壽・宋庠李孝寿は開封尹と為る。挙子の僕に凌がるる有り、忿ること甚だし。牒を具えて府に送らんと欲す。同舎生は勧解して、久しくして乃ち釈く。戯れに牒を取りて孝寿の花書判に效いて云う、勘せざる案、杖二十を決す、と。僕は明日、持して府に詣り、其の主の尹の書判に仿い私かに刑を用うるを告ぐ。孝寿は即ち追いて至らしめ、備さに本末を言う。孝寿は幡然として曰く、判する所は正に我が意に合う、と。数の如く僕に杖し、而して挙子に謝す。時に都下の数千人、一僕の敢えて肆にする者無し。宋元献公は相を罷めて洛に守たり。一挙子有り、行嚢の中に失税の物有り、僕夫の告ぐる所と為る。公曰く、挙人は応挙するに、孰か携うる所無からん。未だ深く罪すべからず。若し奴の主を告ぐるは、此の風は胡ぞ長ぜしむべけんや、と。但だ税院に送りて其の税を倍し、仍お其の奴の罪を治めて遣る。
-
『智囊』狡黠・石顯石顕、自ら権を擅にするを知り、天子の一旦人の間言を入れんことを恐る。乃ち時に誠を帰し、一言を取りて験と為す。顕、嘗て使して諸官に至り徴発する所有り。先に上に白して曰く、「漏尽きて宮門の閉ざされんことを恐る。請う、詔して吏に門を開かしめよ」と。上これを許す。顕、是に於いて故に夜に投じて還り、詔と称して門を開きて入る。旦に果たして人の上書して、顕の詔を矯めて宮門を開きしを告ぐる者有り。天子書を得て、笑いて以て顕に示す。顕、因りて泣きて曰く、「陛下、小臣を過ぎて私す。群下嫉妬して、臣を陥れんと欲す」と。上以て然りと為し、愈々これを寵信す。
-
『智囊』詰奸・某京師指揮京師に盗有り、一家を劫かし、一冊を遺す。旦に之を視れば、尽く富室の子弟の名なり。書に曰く、「某日、某甲、某地に会飲して事を議す」と。或いは「聚博して娼を挟む」云云と、凡そ二十条。以て官に白す。冊に按じて捕え至るに、皆な桚弛の少年なり。良に以て是なりと為す。各おの父母は諸児の素より不逞なるを謂い、亦た頗る自ら疑う。群少の飲博する諸事の悉く実なるに及び、蓋し盗は毎に偵して之を籍せしなり。少年は榜毒に勝えず、誣いて服す。賄の所在を訊すに、浪りに言う、「郊外の某処に埋む」と。之を発けば悉く獲たり。諸少相顧みて駭愕して云う、「天、我を亡ぼす」と。遂に案を結び決を伺う。一指揮、之を疑いて其の故を得ず。沈思すること良や久しくして曰く、「我が左右の中に一髯有り、職は馬を豢うのみ。何ぞ斯の獄を訊するたびに輒ち侍側するを得んや」と。因りて復た囚を引きて鞫すること数四、察するに髯は必ず至り、他は則ち否なり。猝かに呼びて問えば、髯は他無しと辞す。即ち炮烙の具を取らしむれば、髯は叩頭して左右を屏けんことを請い、乃ち曰く、「初め事の本末を知らず。唯だ盗、奴に賂し、斯の獄を治むる毎に、必ず公と囚との言を記して馳せ報ぜしめ、我に百金を酬ゆるを許せり」と。乃ち知る、発く所の贓は、皆な報を得て宵に瘞めしことを。髯、賊を擒えて自ら贖わんことを請う。指揮、数兵をして雑衣して与に往かしむ。僻境に至り、悉く之を擒え、諸少乃ち釈かるるを得たり。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る