智囊 / 見大・李孝壽・宋庠
李孝壽為開封尹,有舉子為僕所凌,忿甚,具牒欲送府,同捨生勸解,久乃釋,戲取牒效孝壽花書判云:「不勘案,決杖二十。」僕明日持詣府,告其主仿尹書判私用刑。孝壽即追至,備言本末。孝壽幡然曰:「所判正合我意。」如數與僕杖而謝舉子。時都下數千人,無一僕敢肆者。宋元獻公罷相守洛。有一舉子,行囊中有失稅之物,為僕夫所告。公曰:「舉人應舉,孰無所攜?未可深罪。若奴告主,此風胡可長也?」但送稅院倍其稅,仍治其奴罪而遣之。
新字:李孝寿為開封尹,有舉子為僕所凌,忿甚,具牒欲送府,同捨生勧解,久乃釈,戯取牒効孝寿花書判云:「不勘案,決杖二十。」僕明日持詣府,告其主仿尹書判私用刑。孝寿即追至,備言本末。孝寿幡然曰:「所判正合我意。」如数与僕杖而謝舉子。時都下数千人,無一僕敢肆者。宋元献公罷相守洛。有一舉子,行嚢中有失税之物,為僕夫所告。公曰:「舉人応舉,孰無所攜?未可深罪。若奴告主,此風胡可長也?」但送税院倍其税,仍治其奴罪而遣之。
書き下し
李孝寿は開封尹と為る。挙子の僕に凌がるる有り、忿ること甚だし。牒を具えて府に送らんと欲す。同舎生は勧解して、久しくして乃ち釈く。戯れに牒を取りて孝寿の花書判に效いて云う、勘せざる案、杖二十を決す、と。僕は明日、持して府に詣り、其の主の尹の書判に仿い私かに刑を用うるを告ぐ。孝寿は即ち追いて至らしめ、備さに本末を言う。孝寿は幡然として曰く、判する所は正に我が意に合う、と。数の如く僕に杖し、而して挙子に謝す。時に都下の数千人、一僕の敢えて肆にする者無し。宋元献公は相を罷めて洛に守たり。一挙子有り、行嚢の中に失税の物有り、僕夫の告ぐる所と為る。公曰く、挙人は応挙するに、孰か携うる所無からん。未だ深く罪すべからず。若し奴の主を告ぐるは、此の風は胡ぞ長ぜしむべけんや、と。但だ税院に送りて其の税を倍し、仍お其の奴の罪を治めて遣る。
現代語訳
李孝寿が開封尹であったとき、ある挙子が下僕に侮られ、ひどく怒っていた。訴状を作って府に送ろうとした。同宿の書生が仲裁し、長い間かかってようやく収まった。その書生は戯れに訴状を取って、孝寿の花押入りの判決書の書きぶりをまねて書いた。審理せず、杖二十に処す、と。下僕は翌日それを持って府に行き、その主人が尹の判決書をまねて私的に刑を使ったと告げた。孝寿はすぐ呼び寄せ、事の始終を詳しく聞いた。孝寿は態度を改めて言った。書かれた判決は、まさに私の意に合っている、と。その言葉通りに下僕を杖で打ち、挙子に詫びた。そのとき都の数千人の中に、勝手なふるまいをする下僕は一人もいなくなった。宋元献公は宰相を罷めて洛陽の長官となった。ある挙子がいて、旅の荷物の中に税を免れた品があり、下僕に告発された。公は言った。挙人が受験に出る際に、誰が携行品を持たないことがあろうか。深く罪してはならない。もし奴が主を告発するなら、この風潮をどうして助長してよいか、と。ただ税院に送ってその税を倍額にし、さらにその下僕の罪を処罰して去らせた。
解説
この章句が説くこと
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