韓非子 / 內儲說上七術第三十
江乙爲魏王使荆,謂荆王曰:「臣入王之境内,聞王之國俗曰:『君子不蔽人之美,不言人之惡。』誠有之乎?」王曰:「有之。」「然則若白公之亂,得無危乎?誠得如此,臣免死罪矣。」衛嗣君重如耳,愛世姬,而恐其皆因其愛重以壅己也,乃貴薄疑以敵如耳,尊魏姬以耦世姬,曰:「以是相參也。」嗣君知欲無壅,而未得其術也。夫不使賤議貴,下必坐上,而必待勢重之鈞也,而後敢相議,則是益樹壅塞之臣也。嗣君之壅乃始。夫矢來有鄉,則積鐵以備一鄉;矢來無鄉,則爲鐵室以盡備之。備之則體不傷。故彼以盡備之不傷,此以盡敵之無姦也。龐恭與太子質於邯鄲,謂魏王曰:「今一人言市有虎,王信之乎?」曰:「不信。」
新字:江乙為魏王使荆,謂荆王曰:「臣入王之境内,聞王之国俗曰:『君子不蔽人之美,不言人之悪。』誠有之乎?」王曰:「有之。」「然則若白公之乱,得無危乎?誠得如此,臣免死罪矣。」衛嗣君重如耳,愛世姫,而恐其皆因其愛重以壅己也,乃貴薄疑以敵如耳,尊魏姫以耦世姫,曰:「以是相参也。」嗣君知欲無壅,而未得其術也。夫不使賤議貴,下必坐上,而必待勢重之鈞也,而後敢相議,則是益樹壅塞之臣也。嗣君之壅乃始。夫矢来有郷,則積鉄以備一郷;矢来無郷,則為鉄室以尽備之。備之則体不傷。故彼以尽備之不傷,此以尽敵之無姦也。龐恭与太子質於邯鄲,謂魏王曰:「今一人言市有虎,王信之乎?」曰:「不信。」
書き下し
江乙、魏王の為に荊に使ひし、荊王に謂ひて曰く、「臣、王の境内に入りて、王の国俗を聞くに曰く、『君子は人の美を蔽はず、人の悪を言はず』と。誠に之有りや」と。王曰く、「之有り」と。「然らば則ち白公の乱の若きは、危ふきこと無きを得んや。誠に此の如きを得ば、臣死罪を免れん」と。衛の嗣君、如耳を重んじ、世姫を愛し、而して其の皆其の愛重に因りて以て己を壅がんことを恐るるなり。乃ち薄疑を貴びて以て如耳に敵せしめ、魏姫を尊びて以て世姫に耦せしめて曰く、「是を以て相参せしむ」と。嗣君は壅がるること無からんと欲するを知るも、未だ其の術を得ざるなり。夫れ賤をして貴を議せしめず、下必ず上に坐して、而して必ず勢重の鈞しきを待ちて、而る後に敢へて相議すれば、則ち是れ益々壅塞の臣を樹つるなり。嗣君の壅がるること乃ち始まる。夫れ矢の来ること郷有れば、則ち鉄を積みて以て一郷に備ふ。矢の来ること郷無ければ、則ち鉄室を為りて以て尽く之に備ふ。之に備ふれば則ち体傷つかず。故に彼は尽く之に備ふるを以て傷つかず、此れは尽く之に敵するを以て姦無きなり。龐恭、太子と邯鄲に質たらんとし、魏王に謂ひて曰く、「今一人市に虎有りと言はば、王之を信ぜんか」と。曰く、「信ぜず」と。
現代語訳
江乙が魏王の使者として楚へ行き、楚王に言った。「わたしが王の国内に入って、王の国の風俗を聞くと、『君子は人の美点を覆い隠さず、人の悪事を口にしない』とのことです。本当にそうなのですか」。王は「そうだ」と答えた。(江乙は言った。)「それなら、白公勝の乱のようなことが起こっても、危うくないと言えましょうか。本当にそのとおりであるなら、わたしも(何をしても告げ口されず)死罪を免れましょう」。衛の嗣君は如耳を重んじ、世姫を愛していたが、二人がその寵愛と重用をよいことに自分の耳目をふさぐことを恐れた。そこで薄疑を尊んで如耳に張り合わせ、魏姫を尊んで世姫と並ばせ、「これで互いに照らし合わせるのだ」と言った。嗣君は耳目をふさがれまいと願うことは知っていたが、まだその術を得ていなかった。身分の低い者に身分の高い者のことを論じさせず、下の者は必ず上の者の罪に連座させられ、しかも必ず勢力の重さが釣り合うのを待ってから互いに論じさせるのでは、これはますます耳目をふさぐ臣を立てることになる。嗣君の耳目がふさがれるのは、ここから始まったのである。そもそも矢が飛んでくる方向が決まっていれば、鉄を積んでその一方向に備えればよい。矢が飛んでくる方向が決まっていなければ、鉄の部屋を作ってすべての方向に備える。備えれば体は傷つかない。だから、あちら(鉄の部屋)はすべてに備えるから傷つかず、こちら(明主)はすべての者を互いに張り合わせるから悪事がないのである。龐恭(龐葱)が太子とともに人質として邯鄲へ行くことになったとき、魏王に言った。「いま一人が、市場に虎がいると言ったら、王はお信じになりますか」。王は「信じない」と言った。
解説
関連する章句
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戦国策・江乙欲惡昭奚恤於楚江乙、昭奚恤を楚に悪しざまに言わんと欲し、楚王に謂いて曰わく、「下比周すれば、則ち上危うし。下分かれ争えば、則ち上安し。王も亦た之を知るか。願わくは王忘るる勿かれ。且つ人に人の善を揚ぐるを好む者あり、王に於て何如。」王曰わく、「此れ君子なり、之に近づけ。」江乙曰わく、「人の悪を揚ぐるを好む者あり、王に於て何如。」王曰わく、「此れ小人なり、之に遠ざけよ。」江乙曰わく、「然らば則ち且つ子其の父を殺し、臣其の主を弒する者有るも、王終に已に知らざる者あらん、何ぞや。王人の美を聞くを好みて人の悪を聞くを悪むを以てなり。」王曰わく、「善し。寡人両つながら之を聞かんことを願う。」
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戦国策・江乙為魏使於楚江乙、魏の為に楚に使いす。楚王に謂いて曰わく、「臣竟に入りて、楚の俗を聞くに、人の善を蔽わず、人の悪を言わずと。誠に之有りや。」王曰わく、「誠に之有り。」江乙曰わく、「然らば則ち白公の乱、得た遂げざらんか。誠に是くの如くんば、臣等の罪免れん。」楚王曰わく、「何ぞや。」江乙曰わく、「州侯楚に相たり、貴きこと甚だしくして主断す、左右倶に『有る無し』と曰い、一口より出づるが如し。」
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『韓非子』內儲說上七術第三十衛の嗣公、人をして客と為りて関市を過ぎしむ。関市之を苛難す。因りて関市に事ふるに金を以てす。関吏乃ち之を舎く。嗣公、関吏に為(い)ひて曰く、「某の時、客有りて而の所を過ぎ、汝に金を与へ、而して汝因りて之を遣れり」と。関市乃ち大いに恐れ、而して嗣公を以て明察と為す。
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『韓非子』內儲說上七術第三十其の患ひは申子の趙紹・韓沓を以て嘗試と為すに在り。故に公子汜は河東を割くを議し、而して応侯は上党を弛むるを謀る。一聴四。数々見えて久しく待ちて任ぜざれば、姦は則ち鹿のごとく散ず。人をして他を問はしむれば則ち私を鬻がず。是を以て龐敬は公大夫を還し、而して戴讙は轀車を視しむるを詔し、周主は玉簪を亡ひ、商の太宰は牛矢を論ず。詭使五。智を挟みて問へば、則ち不智なる者も智なり。深く一物を智れば、衆隠皆変ず。其の説は昭侯の一爪を握るに在り。故に必ず南門にして三郷得らる。周主は曲杖を索めて群臣懼れ、卜皮は庶子を使ひ、西門豹は詳りて轄を遺る。挟智六。倒言反事して以て疑ふ所を嘗みれば、則ち姦情得らる。故に陽山は樛豎を謾り、淖歯は秦の使ひと為り、斉人は乱を為さんと欲し、子之は白馬を以てし、子産は訟者を離し、嗣公は関市を過ぐ。倒言七。右経一。衛の霊公の時、弥子瑕寵有りて、衛国を専らにす。
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『韓非子』內儲說上七術第三十龐恭...魏王に謂いて曰く、「今一人市に虎有りと言わば、王之を信ぜんか。」曰く、「信ぜず。」...「三人市に虎有りと言わば、王之を信ぜんか。」王曰く、「寡人之を信ぜん。」龐恭曰く、「夫れ市の虎無きや明らかなり、然り而して三人言いて虎を成す。」
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『韓非子』內儲說上七術第三十則ち臣竈を夢見ると雖も、亦可ならずや」と。魯の哀公、孔子に問ひて曰く、「鄙諺に曰く、『衆と莫くして迷ふ』と。今寡人事を挙ぐるに、群臣と之を慮るも、国愈々乱るるは、其の故何ぞや」と。孔子対へて曰く、「明王の臣に問ふや、一人は之を知り、一人は知らざるなり。是の如き者は、明主上に在りて、群臣下に直議す。今群臣は一辞同軌して季孫に乎はざる無く、魯国を挙げて尽く化して一と為る。君、境内の人に問ふと雖も、猶ほ乱を免れざるなり」と。一に曰く、晏子、魯に聘す。哀公問ひて曰く、「語に曰く、『三人莫くして迷ふ』と。今寡人一国と之を慮るも、魯乱を免れざるは何ぞや」と。晏子曰く、「古の所謂『三人莫くして迷ふ』者は、一人之を失ひ、二人之を得、三人は以て衆と為すに足る、故に『三人莫くして迷ふ』と曰ふ。今魯国の群臣は千百を以て数ふるも、言を季氏の私に一にす。人数衆からざるに非ざるも、言ふ所の者は一人なり、安んぞ三を得んや」と。斉人に斉王に謂ふ者有りて曰く、「河伯は大神なり。王何ぞ試みに之と遇はざる。臣請ふ王をして之に遇はしめん」と。迺ち壇場を大水の上に為りて、王と之に立つ。間有りて、大魚動く。因りて曰く、「此れ河伯なり」と。張儀、秦・韓と魏との勢を以て斉・荊を伐たんと欲し、而して恵施は斉・荊を以て兵を偃めんと欲す。二人之を争ふ。群臣左右皆張子の為に言ひて、斉・荊を攻むるを以て利と為し、而して恵子の為に言ふ莫し。王果たして張子に聴きて、恵子の言を以て不可と為す。斉・荊を攻むるの事已に定まり、恵子入りて見ゆ。王言ひて曰く、「先生言ふ毋かれ。斉・荊を攻むるの事は果たして利あり、一国尽く以て然りと為す」と。恵子因りて説く、「察せざるべからざるなり。夫れ斉・荊の事や誠に利ありて、一国尽く以て利と為す、是れ何ぞ智者の衆きや。斉・荊を攻むるの事誠に利とすべからずして、一国尽く以て利と為す、何ぞ愚者の衆きや。