武家家訓集 / 朝倉敏景十七箇条第十七条
一諸沙汰直奏の時、理非少も被曲間敷候、若役人等私を致すの旨被聞及候はゞ、堅可被處同罪事、
新字:一諸沙汰直奏の時、理非少も被曲間敷候、若役人等私を致すの旨被聞及候はゞ、堅可被処同罪事、
書き下し
一、諸沙汰直奏の時、理非少しも曲げらるまじく候。若し役人等私を致すの旨聞き及ばれ候はば、堅く同罪に處せらるべき事、
現代語訳
もろもろの訴えを直接聞くときは、理と非を少しも曲げてはならない。もし役人などが私情を働かせたと聞き及んだならば、厳しく同罪に処すること。
解説
第十七条は、訴えを主君が直接聞く場面で、理と非の判断を少しも曲げてはならないとします。そのうえで、役人が私を致した、つまり私情や私利で動いたと聞き及んだら、厳しく同罪に処すと定めます。底本は十七条のあとに、役人の私にかかわる話なども続けています。直訴の場は、中間の役人が情報を操作しやすい所でもあるため、不正には重い罰で臨む構えです。現代の組織では、内部通報や苦情対応、人事相談の窓口が、担当者の私情や忖度で歪められないようにする設計に当たります。公平な裁定と、不正への一貫した対応の両方があってはじめて、制度は信頼されます。
この章句が説くこと
公平な裁定内部通報私情不正対応直訴武家家訓集
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