智囊 / 詰奸・劉宰・陳襄
宰為泰興令,民有亡金釵者,唯二僕婦在,訊之,莫肯承。宰命各持一蘆去,曰:「不盜者,明日蘆自若;果盜,明旦則必長二寸。」明視之,則一自若,一去蘆二寸矣,蓋慮其長也。盜遂服。襄攝浦城令。民有失物者,賊曹捕偷兒數輩至,相撐拄。襄曰:「某廟鍾能辨盜,犯者捫之輒有聲,否則寂。」乃遣吏先引盜行,自率同列詣鍾所,祭禱而陰涂以墨,蔽以帷,命群盜往捫。少焉呼出,獨一人手不污。扣之,乃盜也。蓋畏鍾有聲,故不敢捫云。〔馮按〕襄倡道海濱,與陳烈、周希孟、鄭穆為友,號「四先生」云。
新字:宰為泰興令,民有亡金釵者,唯二僕婦在,訊之,莫肯承。宰命各持一蘆去,曰:「不盗者,明日蘆自若;果盗,明旦則必長二寸。」明視之,則一自若,一去蘆二寸矣,蓋慮其長也。盗遂服。襄摂浦城令。民有失物者,賊曹捕偸児数輩至,相撐拄。襄曰:「某廟鍾能弁盗,犯者捫之輒有声,否則寂。」乃遣吏先引盗行,自率同列詣鍾所,祭祷而陰涂以墨,蔽以帷,命群盗往捫。少焉呼出,独一人手不汚。扣之,乃盗也。蓋畏鍾有声,故不敢捫云。〔馮按〕襄倡道海浜,与陳烈、周希孟、鄭穆為友,号「四先生」云。
書き下し
宰、泰興の令と為る。民に金釵を亡う者有り、唯だ二人の僕婦のみ在り。之を訊すも、肯て承うもの莫し。宰各おの蘆を持して去らしめて曰く、「盗まざる者は、明日蘆自若たり。果たして盗めば、明旦には則ち必ず長きこと二寸ならん」と。明に之を視れば、則ち一は自若たり、一は蘆を去ること二寸なり。蓋し其の長ずるを慮ればなり。盗遂に服す。襄、浦城の令を摂す。民に物を失う者有り、賊曹は偷児数輩を捕らえて至り、相い撐拄す。襄曰く、「某廟の鍾は能く盗を弁ず。犯せる者は之を捫れば輒ち声有り、否なれば則ち寂たり」と。乃ち吏を遣わして先ず盗を引きて行かしめ、自ら同列を率いて鍾の所に詣り、祭禱して陰かに涂るに墨を以てし、蔽うに帷を以てし、群盗に命じて往きて捫らしむ。少焉して呼び出だせば、独り一人の手のみ污れず。之を扣せば、乃ち盗なり。蓋し鍾に声有るを畏れ、故に敢て捫らざりしと云う。〔馮按〕襄は道を海浜に倡え、陳烈、周希孟、鄭穆と友と為り、号して「四先生」と云う。
現代語訳
劉宰が泰興の県令だったときのことです。民家で金のかんざしがなくなり、その場にいたのは二人の下働きの女だけでした。問いただしても、どちらも認めません。劉宰は二人にそれぞれ葦を一本ずつ持たせて帰し、こう言いました。「盗んでいない者の葦は明日も同じ長さのままだ。本当に盗んだ者の葦は、明朝には二寸伸びているはずだ」。翌日見ると、一人の葦は変わらず、もう一人の葦は二寸短くなっていました。伸びるのを恐れて切ったのです。こうして盗んだ女は罪を認めました。また陳襄が浦城の県令を代行したときのことです。住民が物を盗まれ、警察役が数人のこそ泥を捕らえて来ましたが、互いに言い争って埒があきません。陳襄は言いました。「某廟の鐘は盗人を見分ける。罪を犯した者が触れると鳴り、そうでなければ静かなままだ」。そこで役人に盗人たちを先に連れて行かせ、自分は同僚を率いて鐘のところへ行って祭り祈り、こっそり鐘に墨を塗り、幕で覆い隠して、盗人たちに順に触らせました。しばらくして呼び出して見ると、ただ一人だけ手が汚れていません。問いつめると、それが盗人でした。鐘が鳴るのを恐れて触れなかったのです。〔馮夢龍の按語〕陳襄は海辺の地で学問を唱え、陳烈、周希孟、鄭穆と友となり、「四先生」と呼ばれた人物である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』後集巻十四・陳襄公浦城縣を知るの日、人の物を失う有り。捕え得たるも、的として盜爲る者を知る莫し。述古乃ち之を紿きて曰く、某廟に一鐘有り、能く盜を辨ずること至って靈なり、と。人をして迎えて後閣に置かしめ、之を伺う。郡囚を引きて鐘の前に立たしめ、自ら陳べしむ。盜を爲さざる者之を摸すれば則ち聲無く、盜を爲す者之を摸すれば則ち聲有り、と。述古自ら同職を率いて鐘に禱ること甚だ肅なり。祭り訖わりて帷を以て之を蔽う。乃ち陰かに人をして墨を以て塗らしむ。良や久しくして囚を引き、逐一に手を引きて帷に入れて之を摸せしむ。出でて乃ち其の手を騐するに皆な墨有り。惟だ一囚のみ墨無し。之を訊して遂に盜爲るを承く。蓋し鐘に聲有らんことを恐れて敢えて摸さざればなり。此れ亦た古の法にして小説より出づ。
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『智囊』詰奸・楊武僉都御史楊北山公、名は武、関中の康徳涵の姉丈なり。淄川の令と為り、善く奇を用う。邑に市人の稷米を盗む者有るも、之を求むれども得ず。公は其の隣居する者数十人を摂え、之を庭に跪かしめ、漫に他事を理めて問わず。已にして忽ち厲声して曰く、「吾れ米を盗みし者を得たり」と。其の一人の色動くこと良や久し。復た厲声して之を言えば、其の人愈いよ益ます色動く。公之を指して曰く、「第幾行第幾人、是れ米を盗みし者なり」と。其の人遂に服す。又田園の瓜瓠を盗む者有り、是の夜大風雨にして、根蔓俱に尽く。公は其の仇家かと疑い、乃ち夜盗む者の足跡を印取せしめ、灰を庭に布き、村中の丁壮の者を摂えて、其の上を履ましめて曰く、「其の跡に合う者は即ち盗なり」と。其の最後の一人、輾転として難色有り、且つ気促ること甚し。公は執えて之を訊すに、果たして仇家にして盗みし者なり、瓜瓠宛然として在り。又一行路の者、路傍に於て石を枕にして睡熟し、嚢中の千銭を人に盗み去らる。公は其の石を庭に舁がしめ、之を鞭うつこと数十、而して人の縦観するを許して禁ぜず。乃ち潜かに人をして門外に候せしめ、窺覘して入らざる者有らば即ち之を擒えしむ。果たして一人を得たり、銭を盗みし者なり。石を鞭うつ事の甚だ奇なるを聞き、来たらざること能わず、入れば則ち又敢えてせず。其の銭を求むれば、費やすこと十文のみ、余は以て石を枕にせし者に還す。
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