智囊 / 得情・韓紹宗
樊舉人者,壽寧侯門下客也。侯貴震天下,樊負勢結勳戚貴臣,一切奏狀皆出其手,然駕空無事實,為怨家所發,事下刑部。部郎中韓紹宗具知其實,乃攝樊舉人。時樊匿壽寧侯所甚深,乃百計出之。下獄數日,韓一旦出門,見地上一卷書,取視,則備書樊舉人罪狀,宜必置之死,不死不可。韓笑曰:「此樊舉人所自為書也!」詰之果服。同僚問樊:「何以自為此?」對曰:「韓公者,非可搖動以勢,蘄生則必死;今言死者,左計也。」韓曰:「不然,若罪原不至死。」於是發戍遼。
新字:樊舉人者,寿寧侯門下客也。侯貴震天下,樊負勢結勲戚貴臣,一切奏状皆出其手,然駕空無事実,為怨家所発,事下刑部。部郎中韓紹宗具知其実,乃摂樊舉人。時樊匿寿寧侯所甚深,乃百計出之。下獄数日,韓一旦出門,見地上一巻書,取視,則備書樊舉人罪状,宜必置之死,不死不可。韓笑曰:「此樊舉人所自為書也!」詰之果服。同僚問樊:「何以自為此?」対曰:「韓公者,非可揺動以勢,蘄生則必死;今言死者,左計也。」韓曰:「不然,若罪原不至死。」於是発戍遼。
書き下し
樊挙人なる者は、寿寧侯の門下の客なり。侯の貴きこと天下を震わし、樊は勢いを負いて勲戚貴臣に結び、一切の奏状は皆其の手より出ず。然れども空に駕して事実無く、怨家の発く所と為り、事は刑部に下る。部の郎中韓紹宗、具さに其の実を知り、乃ち樊挙人を摂む。時に樊は寿寧侯の所に匿るること甚だ深く、乃ち百計して之を出ださしむ。獄に下ること数日、韓、一旦、門を出でて、地上に一巻の書を見る。取りて之を視れば、則ち備に樊挙人の罪状を書し、宜しく必ず之を死に置くべし、死せざれば不可なりと。韓笑いて曰く、「此れ樊挙人の自ら為る所の書なり」と。之を詰すれば果たして服す。同僚、樊に問う、「何ぞ自ら此れを為るや」と。対えて曰く、「韓公は、勢いを以て搖動すべき者に非ず。生を蘄めば則ち必ず死す。今、死を言う者は、左計なり」と。韓曰く、「然らず。若の罪は原より死に至らず」と。是に於いて遼に発戍せらる。
現代語訳
樊挙人という者は、寿寧侯の門下の食客であった。侯の権勢は天下を震わせるほどで、樊はその勢いを頼みに功臣や外戚、高官と結びつき、あらゆる上奏文はみな彼の手から出ていた。しかし内容は空疎で事実がなく、恨みを持つ者に暴かれ、事件は刑部に下された。部の郎中の韓紹宗は、その実情をつぶさに知っており、樊挙人を捕らえることにした。そのとき樊は寿寧侯の屋敷の奥深くに隠れていたが、韓は手を尽くして引き出させた。獄に下されて数日、韓がある朝、門を出ると、地面に一巻きの書が落ちているのを見た。取って見ると、樊挙人の罪状がことこまかに書かれ、必ず死刑にすべきで、死刑にしなければいけないと記されていた。韓は笑って言った。「これは樊挙人が自分で作った書だ」。問いただすとはたして認めた。同僚が樊にたずねた。「なぜ自分でこんなものを作ったのか」。樊は答えた。「韓公は権勢で動かせる方ではありません。生きたいと願えば必ず死なせられます。いま死を求める書を置けば、逆の結果になると思ったのです」。韓は言った。「そうではない。おまえの罪はもともと死には至らない」。そこで遼へ流罪となった。
解説
この章句が説くこと
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『武士道』原序・愛妻の問いが動機となる予が此一小冊子を述作するに至りたる直接の動機は、愛妻のしばしば予に問ふに、日本に行はるる彼此の思想習慣の理由根拠を以てするに在りき。ド・ラヴレー氏及び愛妻に対し、満足なる解答を与へんとするに当りて、予は知りぬ、先づ封建主義と武士道の何物たるかを了知するに非ずんば、即ち現時日本の道徳思想は、一の秘本にして繙き窺ふべからざるものなることを。予の病、久しく癒えず、為に疎懶、日を銷するの止むを得ざるを機とし、かつて多次、家庭の談話に於て与へたる答解を記述したるもの、即ち此書の骨子を成し、其拠る所は主として、封建思想のなお旺盛なりし時、予が少年の日に当りて示教を受けたるものに係る。彼れには小泉八雲氏及びフレエザー夫人あり、此れには又たサー・アーネスト・サトウ及びチャンバレン教授あるの中間に立ち、英語を以て日本に関する述作を成さんは、けだし躊躇失望すべきものあり。
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