智囊 / 得情・傅琰
傅琰仕齊為山陰令,有賣針、賣糖二老姥共爭團絲,詣琰。琰取其絲鞭之,密視有鐵屑,乃罰賣糖者。又二野父爭雞,琰各問何以食雞,一云粟,一云豆,乃破雞得粟,罪言豆者。〔馮述評〕《南史》云,世傳諸傅有《理縣譜》,子孫相傳,不以示人。琰子劌嘗代劉玄明為山陰令,玄明亦夙稱能吏,政為天下第一。劌請教,玄明曰:「吾有奇術,卿家譜所不載。」問:「何術?」答曰:「日食一升飯而莫飲酒,此第一義也!」劌子岐為如新令,世為循吏。
新字:傅琰仕斉為山陰令,有売針、売糖二老姥共争団糸,詣琰。琰取其糸鞭之,密視有鉄屑,乃罰売糖者。又二野父争鶏,琰各問何以食鶏,一云粟,一云豆,乃破鶏得粟,罪言豆者。〔馮述評〕《南史》云,世伝諸傅有《理県譜》,子孫相伝,不以示人。琰子劌嘗代劉玄明為山陰令,玄明亦夙称能吏,政為天下第一。劌請教,玄明曰:「吾有奇術,卿家譜所不載。」問:「何術?」答曰:「日食一升飯而莫飲酒,此第一義也!」劌子岐為如新令,世為循吏。
書き下し
傅琰、斉に仕え、山陰令と為る。針を売る、糖を売る二人の老姥有り、共に一団の絲を争いて琰に詣る。琰、其の絲を取りて之を鞭ち、密かに視るに鉄屑有り。乃ち糖を売る者を罰す。又二人の野父、鶏を争う。琰、各おの何を以て鶏に食わすかを問う。一は粟と云い、一は豆と云う。乃ち鶏を破りて粟を得て、豆と言う者を罪す。〔馮述評〕《南史》に云う、世に伝う、諸傅に《理県譜》有り、子孫相伝え、人に示さず、と。琰の子劌、嘗て劉玄明に代わりて山陰令と為る。玄明も亦た夙に能吏と称せられ、政は天下第一なり。劌、教えを請う。玄明曰く、「吾に奇術有り、卿が家譜の載せざる所なり」と。問う、「何の術ぞ」と。答えて曰く、「日に一升の飯を食らいて酒を飲む莫かれ。此れ第一義なり」と。劌の子岐、如新令と為り、世よ循吏たり。
現代語訳
傅琰は斉に仕え、山陰の県令となった。針を売る老婆と飴を売る老婆の二人が、一巻きの糸を争って傅琰のもとに来た。傅琰はその糸を取って鞭で打ち、こっそり見ると鉄の粉が出てきた。そこで飴を売る者を罰した。また二人の農夫が鶏を争った。傅琰は、それぞれに鶏に何を食べさせているかをたずねた。一人は粟、一人は豆と答えた。そこで鶏を割くと粟が出てきて、豆と言った者を罪に問うた。〔馮夢龍の評〕《南史》によれば、世間では、傅氏の一族に《理県譜》という書があり、子孫が代々伝えて他人に見せなかったと言われている。傅琰の子の傅劌は、かつて劉玄明の後任として山陰の県令となった。玄明も早くから有能な役人と称され、その政治は天下第一とされた。傅劌が教えを乞うと、玄明は言った。「私には奇術がある。あなたの家の譜に載っていないものだ」。傅劌がたずねた。「どんな術ですか」。答えた。「毎日一升の飯を食らい、酒を飲まないことだ。これが第一義である」。傅劌の子の傅岐は如新の県令となり、代々、良い役人であった。
解説
この章句が説くこと
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