酔古堂剣掃 / 集醒・道を以て欲を窒ぐ
以理聽言,則中有主;以道窒欲,則心自清。
新字:以理聴言,則中有主;以道窒欲,則心自清。
書き下し
理を以て言を聽けば、則ち中に主有り。道を以て欲を窒げば、則ち心自ら清し。
現代語訳
道理に照らして人の言葉を聞けば、心の中にしっかりした主があって揺らぎません。道によって欲望をふさげば、心は自然と清らかになります。
解説
人の言葉と自分の欲、二つの外からの揺さぶりに対して、心を守る方法を述べた対句です。人の言葉を、誰が言ったか、耳に心地よいかで判断すると、心は右に左に振り回されます。道理を物差しにして聞けば、心の中に主、つまり判断の軸が立ち、惑わされなくなります。また、欲望を我慢だけで抑えようとしても長続きしませんが、道、つまり正しい生き方の筋道によってふさげば、心は自然に清らかになります。窒ぐは、ふさぐ、とどめるという意味で、易経にも忿を懲らし欲を窒ぐという言葉があります。情報や誘惑の多い時代には、自分なりの理と道を持つことが、何よりの守りになるでしょう。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
道理節制修身判断清心
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