智囊 / 得情・李若谷・呂陶
李若谷守并州,民有訟叔不認其為姪者,欲擅其財,累鞫不實。李令民還家毆其叔,叔果訟姪毆逆,因而正其罪,分其財。呂陶為銅梁令,邑民龐氏者,姊妹三人共隱幼弟田。弟壯,訟之官,不得直,貧甚,至為人傭奴。陶至,一訊而三人皆服罪吐田,弟泣拜,願以田之半作佛事為報。陶曉之曰:「三姊皆汝同氣,方汝幼時,非若為汝主,不幾為他人魚肉乎?與其捐米供佛,孰若分遺三姊?」弟泣拜聽命。〔馮評〕分遺而姊弟之好不傷,可謂善於敦睦。若出自官斷,便不妙矣!
新字:李若谷守并州,民有訟叔不認其為姪者,欲擅其財,累鞫不実。李令民還家殴其叔,叔果訟姪殴逆,因而正其罪,分其財。呂陶為銅梁令,邑民龐氏者,姊妹三人共隠幼弟田。弟壮,訟之官,不得直,貧甚,至為人傭奴。陶至,一訊而三人皆服罪吐田,弟泣拝,願以田之半作仏事為報。陶暁之曰:「三姊皆汝同気,方汝幼時,非若為汝主,不幾為他人魚肉乎?与其捐米供仏,孰若分遺三姊?」弟泣拝聴命。〔馮評〕分遺而姊弟之好不傷,可謂善於敦睦。若出自官断,便不妙矣!
書き下し
李若谷、并州を守る。民に叔を訟えて其の姪たることを認めず、其の財を擅にせんと欲する者有り。累ね鞫するも実ならず。李、民をして家に還りて其の叔を毆たしむ。叔は果たして姪が毆逆せりと訟う。因りて其の罪を正し、其の財を分かつ。呂陶、銅梁の令と為る。邑民の龐氏なる者、姉妹三人、共に幼弟の田を隠す。弟、壮にして之を官に訟うるも、直を得ず。貧しきこと甚だしく、人の傭奴と為るに至る。陶至りて、一訊して三人皆な罪に服し田を吐く。弟、泣拝して、田の半ばを以て仏事を作して報いんことを願う。陶之に暁して曰く、「三姉は皆な汝の同気なり。汝の幼き時に方り、若し汝の主と為るに非ざれば、他人の魚肉と為らざること幾からんや。米を捐てて仏に供するよりは、孰若ぞ分けて三姉に遺らんには」と。弟は泣拝して命を聴く。〔馮評〕分かち遺りて姉弟の好みを傷つけざるは、善く敦睦を為すと謂うべし。若し官断に出づれば、便ち妙ならず。
現代語訳
李若谷が并州を治めていたとき、ある民が叔父を訴え、叔父がおいであることを認めず、その財産を独り占めしようとした。何度取り調べても事実が明らかにならなかった。李若谷は、その民に家に帰って叔父を殴らせた。叔父は案の定、おいに殴られたと訴えた。そこでその罪を正し、財産を分けた。呂陶は銅梁の県令になった。県の民の龐氏は、姉妹三人が共謀して、幼い弟の田を隠していた。弟は成長して役所に訴えたが、勝てなかった。ひどく貧しくなり、人の雇われ人にまでなった。呂陶が着任して、一度尋問しただけで、三人とも罪を認めて田を返した。弟は泣いて拝し、田の半分を使って仏事を営んでお返ししたいと願い出た。呂陶は諭して言った。「三人の姉は皆あなたの同じ血を分けた者だ。あなたが幼かったとき、もし姉たちがあなたの面倒を見ていなければ、他人に食い物にされなかったとは限らない。米を供えて仏に捧げるよりは、姉たちに分け与えた方がよいではないか」と。弟は泣いて拝し、命に従った。〔馮夢龍の評〕分け与えて姉弟の仲を傷つけなかったのは、うまく睦まじさを厚くしたと言える。もしお上の裁断で決着をつけていたなら、これほど巧みにはいかなかっただろう。
解説
この章句が説くこと
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