智囊 / 得情・范檟
范檟為淮安守,時民家子徐柏,及婚而失之,父訴府,檟曰:「臨婚當不遠遊,是為人殺耶?」父曰:「兒有力,人不能殺也。」久之莫決,一夕秉燭坐,有濡衣者,臂係甓,僂而趨,默詫曰:「噫!是柏魂也,而係甓,水死耳!」明日問左右曰:「何池沼最深者,吾欲暫游。」對曰某寺,遂輿以往。指池曰:「徐柏屍在是。」網之不得,將還。忽泡起如沸,復於下獲焉,召其父視之,柏也。然莫知誰殺,檟念柏有力,殺柏者當勍。一日忽下令曰:「今亂初已,吾欲簡健者為快手。」選竟,視一人反襖,脫而觀之,血漬焉,呵曰:「汝何殺人?」曰:「前陣上涴耳。」解其裡,血漬霑纊。檟曰:「倭在夏秋,豈須襖,殺徐柏者汝也。」遂具服,云:「以某童子故。」執童子至,曰:「初意汝戲言也,果殺之乎?」一時稱為神識。
新字:范檟為淮安守,時民家子徐柏,及婚而失之,父訴府,檟曰:「臨婚当不遠遊,是為人殺耶?」父曰:「児有力,人不能殺也。」久之莫決,一夕秉燭坐,有濡衣者,臂係甓,僂而趨,黙詫曰:「噫!是柏魂也,而係甓,水死耳!」明日問左右曰:「何池沼最深者,吾欲暫游。」対曰某寺,遂輿以往。指池曰:「徐柏屍在是。」網之不得,将還。忽泡起如沸,復於下獲焉,召其父視之,柏也。然莫知誰殺,檟念柏有力,殺柏者当勍。一日忽下令曰:「今乱初已,吾欲簡健者為快手。」選竟,視一人反襖,脱而観之,血漬焉,呵曰:「汝何殺人?」曰:「前陣上涴耳。」解其裡,血漬霑纊。檟曰:「倭在夏秋,豈須襖,殺徐柏者汝也。」遂具服,云:「以某童子故。」執童子至,曰:「初意汝戯言也,果殺之乎?」一時称為神識。
書き下し
范檟、淮安の守と為る。時に民家の子徐柏、婚に及びて之を失う。父、府に訴う。檟曰く、「婚に臨みて当に遠遊すべからず。是れ人に殺されしか」と。父曰く、「児は力有り、人は殺す能わず」と。久しくして決せず。一夕、燭を乗りて坐するに、衣を濡らせる者有り、臂に甓を係け、僂みて趨る。黙して詫りて曰く、「噫、是れ柏の魂なり。而して甓を係くるは、水死のみ」と。明日、左右に問う、「何れの池沼か最も深き。吾暫く游ばんと欲す」と。対えて某寺と曰う。遂に輿して以て往く。池を指して曰く、「徐柏の屍は是に在り」と。之を網するも得ず。将に還らんとす。忽ち泡起こりて沸くが如く、復た下に於いて獲たり。其の父を召して之を視せしむるに、柏なり。然れども誰が殺せるかを知る莫し。檟念う、柏は力有り、殺せる者は当に勍なるべしと。一日、忽ち令を下して曰く、「今、乱の初めて已む。吾、健者を簡んで快手と為さんと欲す」と。選び竟わり、一人の襖を反するを視る。脱がしめて之を観るに、血漬あり。呵して曰く、「汝、何ぞ人を殺せしか」と。曰く、「前の陣上にて涴れしのみ」と。其の裏を解くに、血は漬みて纊に霑る。檟曰く、「倭は夏秋に在り。豈に襖を須いんや。徐柏を殺せし者は汝なり」と。遂に具に服し、云う、「某の童子の故を以てなり」と。童子を執え至らしめ、曰く、「初め意うに汝の戯言なりと。果たして之を殺せしか」と。一時、神識と称す。
現代語訳
范檟が淮安の知府であったとき、民家の息子の徐柏が、婚礼を前に行方不明になった。父が役所に訴えた。范檟は言った。「婚礼を控えているのに遠くへ遊びに出るはずがない。誰かに殺されたのだろうか」と。父は言った。「息子は力があり、人に殺されるとは思えません」と。長いあいだ決着がつかなかった。ある夜、灯りのもとで座っていると、濡れた衣の者が、腕にかわらを結びつけ、身をかがめて走る姿が見えた。心の中で驚いて言った。「ああ、これは徐柏の霊だ。かわらを結んでいるのは、水死だということだ」と。翌日、側近に尋ねた。「どの池が一番深いか。私は少し遊びに行きたい」と。ある寺の池だと答えたので、輿に乗って行った。池を指さして言った。「徐柏の屍はここにある」と。網を入れたが見つからなかった。戻ろうとしたとき、突然泡が沸くように立ち、その下からまた網にかかった。父を呼んで見せると、徐柏であった。しかし誰が殺したのかは分からなかった。范檟は、徐柏は力があるから、殺したのは強い者に違いないと考えた。ある日、急に命令を出した。「いま乱が収まったばかりだ。私は強健な者を選んで捕吏にしたい」と。選抜が終わったとき、一人が上着を裏返しにしているのに気づいた。脱がせて見ると、血の染みがあった。叱りつけた。「お前はなぜ人を殺したのか」と。男は言った。「前の戦陣で汚れたのです」と。裏を解くと、血は綿まで染み込んでいた。范檟は言った。「倭寇が来るのは夏と秋だ。どうして綿入れの上着がいるのか。徐柏を殺したのはお前だ」と。男はすべてを自白し、ある童子のせいだと述べた。童子を捕らえて連れて来ると、范檟は言った。「初めは、お前が戯れに言っただけだと思っていた。本当に殺したのか」と。当時の人々は、神のような見識だと称えた。
解説
この章句が説くこと
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