智囊 / 得情・歐陽曄
歐陽曄治鄂州,民有爭舟相毆至死者,獄久不決。自臨其獄,出囚坐庭中,出其桎梏而飲食。訖,悉勞而還之獄,獨留一人於庭,留者色動惶顧。公曰:「殺人者,汝也!」囚不知所以,曰:「吾觀食者皆以右手持匕,而汝獨以左;今死者傷在右肋,此汝殺之明驗也!」囚涕泣服罪。
新字:欧陽曄治鄂州,民有争舟相殴至死者,獄久不決。自臨其獄,出囚坐庭中,出其桎梏而飲食。訖,悉労而還之獄,独留一人於庭,留者色動惶顧。公曰:「殺人者,汝也!」囚不知所以,曰:「吾観食者皆以右手持匕,而汝独以左;今死者傷在右肋,此汝殺之明験也!」囚涕泣服罪。
書き下し
歐陽曄、鄂州を治む。民に舟を争いて相毆ち死に至る者有り、獄久しく決せず。自ら其の獄に臨み、囚を出して庭中に坐せしめ、其の桎梏を出して飲食せしむ。訖わるや、悉く労いて之を獄に還す。独り一人を庭に留む。留まれる者、色動き惶顧す。公曰く、「人を殺す者は汝なり」と。囚、所以を知らず。曰く、「吾、観るに食する者は皆な右手を以て匕を持つに、汝のみ独り左を以てす。今、死者の傷は右肋に在り。此れ汝の之を殺せる明験なり」と。囚、涕泣して罪に服す。
現代語訳
歐陽曄が鄂州を治めていたとき、舟を争って殴り合い、死者が出た事件があり、長く判決が出なかった。そこで自ら獄に出向き、囚人を出して庭に座らせ、足かせを外して飲食させた。終わると、全員をねぎらって獄へ戻した。ただ一人だけ庭に残した。残された者は顔色を変えて、きょろきょろと周りを見た。歐陽曄は言った。「人を殺したのはお前だ」と。囚人はなぜ分かったのか理解できなかった。歐陽曄は言った。「見ていると、食べる者はみな右手で匙を持つのに、お前だけ左手で持った。いま死者の傷は右の脇腹にある。これがお前が殺した明らかな証拠だ」と。囚人は涙を流して罪を認めた。
解説
この章句が説くこと
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