智囊 / 得情・邊郎中
開封屠子胡婦,行素不潔,夫及舅姑日加笞罵。一日,出汲不歸,胡訴之官。適安業坊申有婦屍在眢井中者,官司召胡認之,曰:「吾婦一足無小指,此屍指全,非也。」婦父素恨胡,乃撫屍哭曰:「此吾女也!久失愛於舅姑,是必撻死,投井中以逃罪耳!」時天暑,經二三日,屍已潰,有司權瘞城下,下胡獄,不勝掠治,遂誣服。宋法,歲遣使審覆諸路刑獄,是歲,刑部郎中邊某,一視成案,即知冤濫,曰:「是婦必不死!」宣撫使安文玉執不肯改,乃令人遍閱城門所揭諸人捕亡文字,中有賈胡逃婢一人,其物色與屍同,所寓正眢井處也。賈胡已他適矣。於是使人監故瘞屍者,令起原屍,瘞者出曹門,涉河東岸,指一新塚曰:「此是也。」發之,乃一男子屍,邊曰:「埋時盛夏,河水方漲,此輩病涉,棄屍水中矣,男子以青須巾總發,必江淮新子無疑。」訊之果然,安心知其冤,猶以未獲逃婦,不肯釋。會開封故吏除洺州,一僕於迓妓中得胡氏婦,問之,乃出汲時淫奔於人,轉娼家,其事乃白。
新字:開封屠子胡婦,行素不潔,夫及舅姑日加笞罵。一日,出汲不帰,胡訴之官。適安業坊申有婦屍在眢井中者,官司召胡認之,曰:「吾婦一足無小指,此屍指全,非也。」婦父素恨胡,乃撫屍哭曰:「此吾女也!久失愛於舅姑,是必撻死,投井中以逃罪耳!」時天暑,経二三日,屍已潰,有司権瘞城下,下胡獄,不勝掠治,遂誣服。宋法,歳遣使審覆諸路刑獄,是歳,刑部郎中辺某,一視成案,即知冤濫,曰:「是婦必不死!」宣撫使安文玉執不肯改,乃令人遍閲城門所掲諸人捕亡文字,中有賈胡逃婢一人,其物色与屍同,所寓正眢井処也。賈胡已他適矣。於是使人監故瘞屍者,令起原屍,瘞者出曹門,渉河東岸,指一新塚曰:「此是也。」発之,乃一男子屍,辺曰:「埋時盛夏,河水方漲,此輩病渉,棄屍水中矣,男子以青須巾総発,必江淮新子無疑。」訊之果然,安心知其冤,猶以未獲逃婦,不肯釈。会開封故吏除洺州,一僕於迓妓中得胡氏婦,問之,乃出汲時淫奔於人,転娼家,其事乃白。
書き下し
開封の屠子の胡の婦、行い素より潔からず、夫及び舅姑は日に笞罵を加う。一日、汲みに出でて帰らず、胡、之を官に訴う。適たま安業坊より婦の屍の眢井の中に在る者有りと申す。官司、胡を召して之を認めしむ。曰く、「吾が婦は一足に小指無し。此の屍は指全し。非なり」と。婦の父は素より胡を恨み、乃ち屍を撫でて哭して曰く、「此れ吾が女なり。久しく舅姑に愛を失い、是れ必ず撻死せしめ、井中に投じて以て罪を逃るるのみ」と。時に天暑く、二三日を経て、屍已に潰る。有司は権に城下に瘞め、胡を獄に下す。掠治に勝えず、遂に誣服す。宋の法、歳ごとに使いを遣わして諸路の刑獄を審覆せしむ。是の歳、刑部郎中の邊某、一たび成案を視て、即ち冤濫を知り、曰く、「是の婦は必ず死せざるなり」と。宣撫使安文玉、執りて改めず。乃ち人をして遍く城門に掲ぐる所の諸人の捕亡の文字を閲せしむ。中に賈胡の逃婢一人有り、其の物色は屍と同じく、寓する所は眢井の処なり。賈胡は已に他に適けり。是に於いて人をして故と屍を瘞めし者を監せしめ、原屍を起こさしむ。瘞者は曹門を出で、河を涉りて東岸に至り、一新塚を指して曰く、「此れなり」と。之を発くに、乃ち一男子の屍なり。邊曰く、「埋むる時は盛夏、河水方に漲り、此の輩は渉るに病み、屍を水中に棄てしならん。男子は青き須巾を以て髪を総ぬ。必ず江淮の新子なること疑い無し」と。之を訊うに果たして然り。安は心に其の冤を知るも、猶お未だ逃婦を獲ざるを以て、釈すを肯んぜず。会たま開封の故吏、洺州に除せられ、一僕、迓妓の中に於いて胡氏の婦を得たり。之に問うに、乃ち汲みに出づる時に人に淫奔し、転じて娼家に入れりと。其の事乃ち白らかなり。
現代語訳
開封の肉屋の胡の妻は、もとから素行がよくなく、夫と舅姑から毎日のように打たれ罵られていた。ある日、水汲みに出たまま帰らず、胡は役所に訴え出た。ちょうど安業坊から、婦人の屍が涸れ井戸の中にあるという届けがあった。役所は胡を呼んで確かめさせた。胡は言った。「私の妻は片足の小指がありません。この屍は指が揃っています。違います」と。妻の父はもともと胡を恨んでいたため、屍をなでて泣きながら言った。「これは私の娘だ。長く舅姑に愛されず、きっと打ち殺して井戸に投げ、罪を逃れたのだ」と。ときは暑く、二、三日で屍はすでに腐っていた。役人は仮に城下に埋め、胡を牢に入れた。拷問に耐えかね、ついに虚偽の自白をした。宋の法では、毎年使者を派遣して各路の刑事事件を再審させた。この年、刑部郎中の邊某が一度調書を見るなり冤罪だと見抜き、「この妻は必ず死んでいない」と言った。宣撫使の安文玉は固執して改めなかった。そこで人に命じて、城門に掲示された人々の逃亡者の手配書を残らず調べさせた。その中に、商人の胡人の逃げた下女がおり、その特徴は屍と同じで、住んでいたのは涸れ井戸のあたりだった。その胡人はすでに他所へ移っていた。ここで人を遣わして、屍を埋めた者を監督し、もとの屍を掘り起こさせた。埋めた者は曹門を出て、河を渡って東岸に至り、新しい塚を指して「これです」と言った。掘ってみると男の屍だった。邊は言った。「埋めたのは真夏で、河の水が増していた。この者たちは渡るのに難儀して、屍を水中に捨てたのだろう。男は青い頭巾で髪をまとめている。きっと江淮から来た若者に違いない」と。取り調べると果たしてそのとおりだった。安は心の中では冤罪と分かっていたが、逃げた妻がまだ見つかっていないことを理由に、釈放しなかった。たまたま開封の元役人が洺州に赴任することになり、一人の下僕が、出迎えの妓女たちの中に胡氏の妻を見つけた。問いただすと、水汲みに出たときに人と駆け落ちし、転じて娼家に入ったのだという。事件はこうして明らかになった。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』詰奸・某郡從事人の他に適きて回るに因り、其の妻の家に殺され、但だ其の首を失うを見る有り。奔りて妻の族に告ぐ。妻の族は婿の女を殺せしを以て郡主に訟え、刑掠既に厳しく、遂に自ら誣いて服す。独り一従事のみ之を疑い、使君に謂いて曰く、「人命至って重し。須く緩くして之を窮むべし。且つ夫為る者、誰か妻を殺すに忍びん。縦い隙有りて之を害すとも、必ず禍を脱するの計を為し、或いは病殞に推し、或いは暴亡に托さん。今屍を存して首を棄つるは、其の理甚だ明らかなり。請う、為に更に讞せん」と。使君之を許す。従事は乃ち別室に遷し係ぎ、仍りて酒食を給す。然る後に遍く城に在る仵作行人を勘し、各おの近来人家の与に墳墓を安厝せし多少の文状を供せしむ。既にして一一面詰して曰く、「汝ら人家の与に事を挙ぐるに、還って疑う可き者有りや」と。中の一人曰く、「某は一豪家に於て事を挙ぐるに、共に言う、一奶子を殺却し、牆上より舁ぎ過ぐ。兇器の中は甚だ物無きに似たり。見在某坊にあり」と。之を発けば、果たして一婦人の首を得たり。訴者をして験認せしむれば、則ち「是に非ず」と云う。遂に豪家を収めて鞫すれば、豪家は款伏す。乃ち是れ婦と私に好し、一奶子を殺し、函して首を葬り、婦の衣を以て奶子の身屍に衣せしめ、婦に易えて以て帰り、私室に畜えしなり。其の獄遂に白らかなり。
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『宋名臣言行録』前集巻三・向敏中公西京に在り。僧有り、暮に村民の家を過ぎて寄止せんことを求む。主人許さず。僧、門外の車廂の中に寢せんことを求む。之を許す。夜、盗の其の家に入る有り。墻上より一婦人并びに嚢衣を扶けて出づ。僧適々寐ねず、之を見る。自ら念う、主人の納宿する所と為らず、今、主人其の婦及び財を亡う、明日必ず我を執えて縣官に詣らんと。因りて夜亡げ去り、荒草の中を走る。忽ち眢井に墮つ。則ち婦人已に盗の殺す所と為り、先に其の中に在り。明日、主人搜訪して之を井中に得たり。執えて以て縣に詣る。掠治す。僧自ら誣いて云う、子婦と姦し、誘いて與に俱に亡ぐ。人の得る所と為らんことを恐れ、因りて之を殺して井中に投ず。暮夜、覺えず足を失いて亦た其の中に墜つ。贓は井傍に在るも、亡失して何人の取る所かを知らずと。獄成りて府に言う。府皆な以て疑いと為さず。獨り公のみ贓の獲られざるを以て之を疑う。僧を引きて詰問すること數四。僧罪に服す。但だ言う、某、前生に當に此の人に負くべくして死すと。公固く之を問う。乃ち實を以て對う。公宻かに吏をして其の賊を訪ねしむ。吏、村店に食す。店嫗、其の府中より来たるを聞く。其の吏なるを知らざるなり。之に問いて曰く、僧の獄は何如と。吏之を紿きて曰く、昨日已に笞死せりと。嫗曰く、今、賊を獲らば何如と。吏曰く、已に誤りて此の獄を決せり。賊を獲ると雖も亦た問わざるなりと。嫗曰く、之を言うも傷む無し。婦人は乃ち此の村の少年某甲の殺す所なりと。吏曰く、其の人安くに在りと。嫗其の舍を指示す。吏、舍中に就きて掩捕して之を獲たり。案問すれば具に服す。并びに其の贓を得たり。一府咸な以て神と為す。
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『智囊』詰奸・向敏中向敏中、西京に在りしとき、僧の暮れに村を過ぎて寄宿を求むる有り。主人許さず。是に於いて権に主人の外の車廂に寄宿す。夜、盗の牆上より一婦人の囊衣を扶けて出づる有り。僧自ら念う、主人に納れられず、今、主人の家、其の婦人及び財を亡えば、明日必ず我を執えんと。因りて亡げ去り、誤りて眢井に墮つ。則ち婦人は已に盗の殺す所と為り、先に井中に在り。明日、主人、蹤跡して之を得、執えて県に詣る。僧、自ら誣いて服す。「誘いて与に俱に亡げ、追う者を懼れて、因りて之を殺して井中に投じ、暮夜に覚えず足を失い、亦た墜つ。贓は井の旁らに在りしが、何人の取り去りしかを知らず」と。獄成りて府に言う。府は皆な平允とするも、独り敏中のみ贓の獲られざるを以て疑いを致し、乃ち僧を引きて固く問い、其の実を対うるを得たり。敏中、密かに吏をして出でて訪ねしむ。吏、村店に食す。店の嫗、府中より来たるを聞き、問いて曰く、「僧の獄は何如」と。吏、之を紿きて曰く、「昨に已に笞死せり」と。嫗曰く、「今、賊を獲ば何如」と。曰く、「已に誤りて此の獄を決せり。賊を獲ると雖も亦た問わず」と。嫗曰く、「之を言うも傷つくる無し。婦人は乃ち村中の少年某甲の殺す所なり」と。其の舎を指示す。吏、舎に就きて掩捕して之を獲たり。案問して具に服し、並びに其の贓を得て、僧乃ち出づるを得たり。〔馮述評〕前代の明察の官、其の事を成すこと往往にして吏の力を得たり。吏は公挙に出ず、故に用うべきの才多し。今、銭を出して吏を納む。吏を以て市と為すのみ。令、獄を訪ぬれば、便ち獄を鬻ぐ。況んや官の心、猶お吏のごとくなれば、民安んぞ冤せられざるを得んや。
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『智囊』詰奸・張升張升、潤州に知たりし日、婦人の夫出でて数日帰らざる有り。,忽ち人の報じて菜園の井中に死人有りと言う者有り。婦人驚き往きて之を視、号哭して曰く、「吾が夫なり」と。遂に以て官に聞こゆ。公は属官をして鄰里を集め、井に就きて其の夫なるや否やを験せしむ。皆以えらく、井深くして弁ずべからず、請う屍を出して験せんと。公曰く、「衆皆弁ずること能わず、婦人は独り何を以て是れ其の夫なるを知るか」と。所司に収付して鞫問すれば、果たして奸人の其の夫を殺し、婦人は謀に与る者なり。
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『智囊』得情・鄭洛書・許進・姚公・張昺鄭洛書、上海県に知たり。嘗て履端に郡に謁し、帰りて海口に泊す。沈屍有り、圧すに石磨を以てするを、忽ち之を見て、歎じて曰く、「此れ必ず客死ならん。故に余の告ぐる莫きなり」と。人を遣わして之を偵わしむるに、近村の民家に石磨有り、其の牡を失えり。執え来たりて相吻合す。一訊して即ち伏す。果たして江西の売卜人にして、歳晏れて将に帰らんとするに、房主、其の財を利して殺せるなり。単県に田作する者有り、其の婦、之に餉す。食い畢わりて死す。翁、故に曰く、「婦の意なり」と。官に陳ぶ。箠楚に勝えず、遂に誣服す。是れより天久しく雨ふらず。許襄毅公、時に山東に官たり。曰く、「獄に其れ冤有らんか」と。乃ち親ら其の地を歴め、獄囚を出して遍く審す。餉婦に至り、乃ち曰く、「夫婦の相守るは、人の至願。鴆毒もて人を殺すは、計の至密なる者なり。焉んぞ自ら田に餉して之を鴆する者有らんや」と。遂に其の餽する所の飲食、経る所の道路を詢う。婦曰く、「魚湯と米飯にして、荊林より度り、他の異なる無きなり」と。公乃ち魚を買い飯を作り、荊花を其の中に投じて、之を狗彘に試むるに、死せざる無し。婦の冤乃ち白し、即日大雨注ぐが如し。蘇人、商に外に出づ。其の妻は雞数隻を蓄えて以て其の帰りを待つ。数年にして方に返り、雞を殺して之を食らえば、夫即ち死す。隣人は外奸有るかと疑い、之を太守姚公に首す。鞫するも他の故無し。意うに其の雞に毒有りと。人をして老雞を覓め、当に死すべき囚と遍く之を食わしむるに、果たして二人を殺す。獄遂に白し。蓋し雞は蜈蚣百虫を食えば、久しくして毒を蓄う。故に養生家は雞の老いたるを食わず、又た夏は雞を食わず。
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『智囊』得情・楊茂清石埭の楊翁に二子を生む。長子の子は標。次子は死し、其の婦は僕と奸す。翁之を逐う。僕は復た潜かに家に至る。翁は直ちには奸と斥けず、盗に比して撲殺す。時に標は青陽に往きて親故の寿を為す。僕の家は標が実に之を殺せりと謂う。而して翁は己の当に辜に伏すべしと訴う。当道は聴かず、竟に標を以て坐す。翁は屢ば訴う。清、密かに其の事を偵いて之を得たり。而して当道も亦た標の富むを以て、平反を憚る。清は檄を承け、則ち青陽に逮びて標と飲酒せし者十余人を、隔てて之を訊うに、一口より出づるが如し。乃ち翁を収贖に坐し、而して標を貸す。後三年、道に其の家を経るに、尽室の男女、道に羅拝す。且つ一小児を携えて告げて曰く、「此れ標が禁を出でて生みし所なり。公に非ざれば楊氏は斬たれたり」と。〔馮述評〕又た銅陵の胡宏緒、韓太守の試に諸生に冠たり。一家奴有り、其の妻子を挈えて逃ぐ。宏緒、媒氏の之を匿すと訴う。蹤跡の所在を、相与に執縛す。其の奴は先に是れ病み甚だしく、獄に送るに比び、当夕に身死す。其の家、亟かに官に陳ぶ。而して客戸の江西人、其の同籍なるもの、紛至として証と為る。御史、部を按じ、之を訴うるに、輒ち以て清に下す。清は三たび之を訊い、曰く、「所謂鎖縛は、実に以て県に送るなり。私家に非ざるなり。況んや奴は先に病有るをや」と。遂に胡生を原す。会試且に迫らんとするに、夙夜、獄牒を以て上し、胡生は遂に坐せざるを得たり。是の年、賢書に登る。公の冤を弁じ滞を釈くこと、多く此に類す。
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