智囊 / 詰奸・張升
張升知潤州日,有婦人夫出數日不歸。,忽有人報菜園井中有死人,婦人驚往視之,號哭曰:「吾夫也!」遂以聞官。公令屬官集鄰里,就井驗是其夫與否,皆以井深不可辨,請出屍驗之,公曰:「眾皆不能辨,婦人獨何以知其是夫。」收付所司鞫問,果奸人殺其夫,而婦人與謀者。
新字:張升知潤州日,有婦人夫出数日不帰。,忽有人報菜園井中有死人,婦人驚往視之,号哭曰:「吾夫也!」遂以聞官。公令属官集鄰里,就井験是其夫与否,皆以井深不可弁,請出屍験之,公曰:「衆皆不能弁,婦人独何以知其是夫。」収付所司鞫問,果奸人殺其夫,而婦人与謀者。
書き下し
張升、潤州に知たりし日、婦人の夫出でて数日帰らざる有り。,忽ち人の報じて菜園の井中に死人有りと言う者有り。婦人驚き往きて之を視、号哭して曰く、「吾が夫なり」と。遂に以て官に聞こゆ。公は属官をして鄰里を集め、井に就きて其の夫なるや否やを験せしむ。皆以えらく、井深くして弁ずべからず、請う屍を出して験せんと。公曰く、「衆皆弁ずること能わず、婦人は独り何を以て是れ其の夫なるを知るか」と。所司に収付して鞫問すれば、果たして奸人の其の夫を殺し、婦人は謀に与る者なり。
現代語訳
張升が潤州の知事だったときのことです。ある女の夫が出かけて数日たっても帰りませんでした。そこへ、野菜畑の井戸の中に死体があると知らせる人が現れました。女は驚いて駆けつけ、井戸の中をのぞいて、泣き叫びながら「わたしの夫です」と言い、そのまま役所に届け出ました。張升は部下に近所の人々を集めさせ、井戸のところで夫かどうかを確かめさせました。皆は、井戸が深くて見分けがつかないので、遺体を引き上げて調べてほしいと言いました。張升は言いました。「みなが見分けられないのに、この女だけがどうして夫だと分かったのか」。そこで役人に引き渡して厳しく取り調べたところ、悪い男が夫を殺し、この女は共謀した者でした。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『智囊』詰奸・元絳江寧の推官元絳、上元の令を摂す。甲と乙と酒を被りて相い毆つ。甲は帰りて臥し、夜に盗に足を断たる。妻は乙と称し、乙を執えて県に詣れば、甲は已に死せり。絳は其の妻に敕して曰く、「帰りて夫の喪を治めよ。乙は已に服せり」と。陰かに謹信なる吏を遣わして其の後を跡けしむれば、一僧の迎え笑い、切切として私語するを望む。絳は命じて取りて廡下に係がしめ、妻に奸の状を詰ぬれば、即ち実を吐く。人其の故を問うに、絳曰く、「吾れ妻の哭して哀しまず、且つ傷つけられし者と席を共にして襦に血の污れ無きを見る。是を以て之を知る」と。
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『智囊』詰奸・某郡從事人の他に適きて回るに因り、其の妻の家に殺され、但だ其の首を失うを見る有り。奔りて妻の族に告ぐ。妻の族は婿の女を殺せしを以て郡主に訟え、刑掠既に厳しく、遂に自ら誣いて服す。独り一従事のみ之を疑い、使君に謂いて曰く、「人命至って重し。須く緩くして之を窮むべし。且つ夫為る者、誰か妻を殺すに忍びん。縦い隙有りて之を害すとも、必ず禍を脱するの計を為し、或いは病殞に推し、或いは暴亡に托さん。今屍を存して首を棄つるは、其の理甚だ明らかなり。請う、為に更に讞せん」と。使君之を許す。従事は乃ち別室に遷し係ぎ、仍りて酒食を給す。然る後に遍く城に在る仵作行人を勘し、各おの近来人家の与に墳墓を安厝せし多少の文状を供せしむ。既にして一一面詰して曰く、「汝ら人家の与に事を挙ぐるに、還って疑う可き者有りや」と。中の一人曰く、「某は一豪家に於て事を挙ぐるに、共に言う、一奶子を殺却し、牆上より舁ぎ過ぐ。兇器の中は甚だ物無きに似たり。見在某坊にあり」と。之を発けば、果たして一婦人の首を得たり。訴者をして験認せしむれば、則ち「是に非ず」と云う。遂に豪家を収めて鞫すれば、豪家は款伏す。乃ち是れ婦と私に好し、一奶子を殺し、函して首を葬り、婦の衣を以て奶子の身屍に衣せしめ、婦に易えて以て帰り、私室に畜えしなり。其の獄遂に白らかなり。
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『智囊』得情・邊郎中開封の屠子の胡の婦、行い素より潔からず、夫及び舅姑は日に笞罵を加う。一日、汲みに出でて帰らず、胡、之を官に訴う。適たま安業坊より婦の屍の眢井の中に在る者有りと申す。官司、胡を召して之を認めしむ。曰く、「吾が婦は一足に小指無し。此の屍は指全し。非なり」と。婦の父は素より胡を恨み、乃ち屍を撫でて哭して曰く、「此れ吾が女なり。久しく舅姑に愛を失い、是れ必ず撻死せしめ、井中に投じて以て罪を逃るるのみ」と。時に天暑く、二三日を経て、屍已に潰る。有司は権に城下に瘞め、胡を獄に下す。掠治に勝えず、遂に誣服す。宋の法、歳ごとに使いを遣わして諸路の刑獄を審覆せしむ。是の歳、刑部郎中の邊某、一たび成案を視て、即ち冤濫を知り、曰く、「是の婦は必ず死せざるなり」と。宣撫使安文玉、執りて改めず。乃ち人をして遍く城門に掲ぐる所の諸人の捕亡の文字を閲せしむ。中に賈胡の逃婢一人有り、其の物色は屍と同じく、寓する所は眢井の処なり。賈胡は已に他に適けり。是に於いて人をして故と屍を瘞めし者を監せしめ、原屍を起こさしむ。瘞者は曹門を出で、河を涉りて東岸に至り、一新塚を指して曰く、「此れなり」と。之を発くに、乃ち一男子の屍なり。邊曰く、「埋むる時は盛夏、河水方に漲り、此の輩は渉るに病み、屍を水中に棄てしならん。男子は青き須巾を以て髪を総ぬ。必ず江淮の新子なること疑い無し」と。之を訊うに果たして然り。安は心に其の冤を知るも、猶お未だ逃婦を獲ざるを以て、釈すを肯んぜず。会たま開封の故吏、洺州に除せられ、一僕、迓妓の中に於いて胡氏の婦を得たり。之に問うに、乃ち汲みに出づる時に人に淫奔し、転じて娼家に入れりと。其の事乃ち白らかなり。
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『智囊』詰奸・子產・嚴遵鄭の子産、晨に出で、束匠の閭を過ぎ、婦人の哭するを聞き、其の御の手を撫でて之を聴く。有間にして、吏を遣わして執えて問わしむれば、則ち手ずから其の夫を絞めし者なり。異日、其の御問いて曰く、「夫子は何を以て之を知れるか」と。子産曰く、「其の声は懼れたり。凡そ人は其の親愛に於けるや、始め病みては憂い、死に臨みては懼れ、已に死しては哀しむ。今夫の哭は已に死して哀しまずして懼る。是を以て其の奸有るを知る」と。厳遵は揚州の行部と為り、道旁の女子の哭して哀しまざるを聞く。之に問えば、云う、夫火に遭いて死せりと。遵は屍を輿し到らしめ、人をして之を守らしめて曰く、「当に物の往く有るべし」と。日を更えて、蠅の頭の所に聚まる有り。遵は披き視せしむれば、鉄椎頂を貫けり。考問すれば、乃ち淫を以て夫を殺せし者なり。〔馮注〕韓滉冑の潤州に在りしも事は同じ。
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『智囊』詰奸・陸雲陸雲、濬儀の令と為る。殺さるる者有り、主名立たず。雲は其の妻を録して問う所無し。十許日にして、遣わし出だし、密かに人をして後ろに随わしめて、之に謂いて曰く、「其の去ること遠からず十里にして、当に男子の之を候つ有るべし。与に語れば、便ち縛して至れ」と。既にして果たして然り。之に問えば具に服す。云う、此の妻と通じ、共に其の夫を殺す。妻の出づるを得しを聞き、与に語らんと欲すれども、近県を憚り、故に遠く相い伺候せりと。是に於て一県称して神明と為す。
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『智囊』得情・楊評事湖州の趙三と周生は友として善し。約して同に南都に往きて貿易せんとす。趙の妻孫は夫の行くを欲せず、已に鬧ぐこと数日なり。期に及びて黎明、趙は先に舟に登る。太だ早きに因りて、舟中に仮寐す。舟子の張潮、其の金を利し、潜かに舟を僻所に移して趙を沈め、而して復た詐りて熟睡と為る。周生至り、趙未だ来たらずと謂い、之を候つこと良や久し。潮を呼びて往きて促さしむ。潮は趙の門を叩き、呼ぶ、「三娘子」と。因りて問う、「三官は何ぞ久しく来たらざるや」と。孫氏驚きて曰く、「彼は出門して入りたり。豈に尚お未だ舟に登らざるや」と。潮は復た周に告ぐ。周は甚だ驚異し、孫と分路して遍く尋ぬるも、三日して蹤無し。周は累を懼れ、因りて牘を具して県に呈す。県尹は孫に他の故ありて、其の夫を害せるかと疑う。久しくして、楊評事なる者有り、其の牘を閲して曰く、「門を叩きて便ち三娘子と叫ぶ。定めて房内に夫無きを知るなり」と。此を以て潮を罪に坐す。潮乃ち服す。
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