智囊 / 得情・察智部總序
馮子曰:非察不神,察非智不精。子思云:「文理密察,必屬於至聖。」而孔子亦云:「察其所安。」是以知察之為用,神矣廣矣。善於相人者,猶能以鑒貌辨色,察人之富貴壽貧賤孤夭,況乎因其事而察其心?則人之忠倭賢奸,有不灼然乎?分其目曰「得情」,曰「詰奸」,即以此為照人之鏡而已。馮子曰:語云:「察見淵魚者不祥。」是以聖人貴夜行,游乎人之所不知也。雖然,人知實難,己知何害?目中無照乘摩尼,又何以夜行而不躓乎?子輿贊舜,明察並舉,蓋非明不能察,非察不顯明;譬之大照當空,容光自領,豈無覆盆,人不憾焉。如察察予好,淵魚者避之矣。吏治其最顯者,得情而天下無冤民,詰奸而天下無戮民,夫是之謂精察。口變緇素,權移馬鹿;山鬼晝舞,愁魂夜哭;如得其情,片言折獄;唯參與由,吾是私淑。集「得情」。
新字:馮子曰:非察不神,察非智不精。子思云:「文理密察,必属於至聖。」而孔子亦云:「察其所安。」是以知察之為用,神矣広矣。善於相人者,猶能以鑒貌弁色,察人之富貴寿貧賤孤夭,況乎因其事而察其心?則人之忠倭賢奸,有不灼然乎?分其目曰「得情」,曰「詰奸」,即以此為照人之鏡而已。馮子曰:語云:「察見淵魚者不祥。」是以聖人貴夜行,游乎人之所不知也。雖然,人知実難,己知何害?目中無照乗摩尼,又何以夜行而不躓乎?子輿賛舜,明察並舉,蓋非明不能察,非察不顕明;譬之大照当空,容光自領,豈無覆盆,人不憾焉。如察察予好,淵魚者避之矣。吏治其最顕者,得情而天下無冤民,詰奸而天下無戮民,夫是之謂精察。口変緇素,権移馬鹿;山鬼昼舞,愁魂夜哭;如得其情,片言折獄;唯参与由,吾是私淑。集「得情」。
書き下し
馮子曰く、察に非ざれば神ならず、察も智に非ざれば精ならず。子思云う、「文理密察、必ず至聖に属す」と。而して孔子も亦た云う、「其の安んずる所を察す」と。是を以て察の用たる、神にして広きを知る。善く人を相する者は、猶お能く貌を鑑み色を弁じて、人の富貴寿貧賤孤夭を察す。況んや其の事に因りて其の心を察するをや。則ち人の忠佞賢奸、灼然たらざる有らんや。其の目を分かちて「得情」と曰い、「詰奸」と曰い、即ち此を以て人を照らす鏡と為すのみ。馮子曰く、語に云う、「淵の魚を察見する者は不祥なり」と。是を以て聖人は夜行を貴び、人の知らざる所に遊ぶ。然りと雖も、人を知るは実に難し、己を知るは何ぞ害あらん。目中に照乗・摩尼無くんば、又た何を以て夜行して躓かざらんや。子輿は舜を賛するに、明と察を並べ挙ぐ。蓋し明に非ざれば察する能わず、察に非ざれば明を顕わさず。之を大照の空に当たるに譬うれば、容光自ら領し、豈に覆盆有らんや、人憾まず。察察として予に好きが如きは、淵魚は之を避けん。吏治の其の最も顕かなる者にして、情を得れば天下に冤民無く、奸を詰すれば天下に戮民無し。夫れ是を精察と謂う。口は緇素を変じ、権は馬鹿を移し、山鬼は昼に舞い、愁魂は夜に哭す。如し其の情を得ば、片言にして獄を折く。唯だ参と由は、吾是れ私淑す。「得情」を集む。
現代語訳
馮子は言う。観察がなければ神のような働きは生まれず、観察も知恵がなければ精密にならない。子思は「物事の筋道を細かく見抜く力は、必ず至高の聖人に備わる」と言い、孔子も「その人の安んじるところを観察せよ」と言った。観察の働きが神妙で広いことがこれで分かる。人相見でさえ、顔つきや顔色から人の富貴や長寿、貧賤や夭折を見抜く。ましてや事の成り行きからその心を観察するならば、人の忠実さや邪さ、賢さや悪さが明らかにならないことがあろうか。この部を「得情」と「詰奸」に分けたのも、これを人を照らす鏡とするためにほかならない。馮子は言う。ことわざに「淵の底の魚まで見通す者は不吉だ」という。だから聖人は人に知られぬところを歩むことを貴ぶ。とはいえ、人を知るのは本当に難しく、己が知ることには何の害もない。目に照乗の宝珠や摩尼の玉のような明るさがなければ、夜道を歩いてつまずかずにいられようか。孟子は舜を称えて明と察を並べて挙げた。明がなければ察することができず、察がなければ明は現れない。大きな光が空にかかれば、その光は自然に行き渡り、盆をかぶせたような暗がりは残らず、人も恨まない。こせこせと細かく詮索するのが好きなのは、淵の魚も避ける類である。役人の務めで最も目立つものは、実情をつかめば天下に冤罪の民はなく、奸悪を問いただせば天下に不当に殺される民はない、これを精察という。口先は黒を白に変え、権力は鹿を馬と言いくるめ、山の鬼が昼に舞い、恨みの魂が夜に泣く。もし実情を把握できれば、一言で裁きがつく。ただ曾参と子路だけは、私が慕って学ぶ人である。ここに「得情」を集める。
解説
この章句が説くこと
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