智囊 / 經務・張仁願・餘玠
餘玠帥蜀,築召賢館於府左,供帳一如帥所。時播州冉王進,冉璞兄弟隱居蠻中,前後閫帥辟召,皆不至,至是身自詣府。玠素聞其名,與之分庭均禮。居數月,無所言,玠乃為設宴,親主之。酒酣,坐客紛紛,競言所長,王進兄弟卒默然。玠曰:「是觀我待士之禮何如耳,,明日更辟館以處之,因使人窺之,但見兄弟終日對踞,以堊畫地為山川城池,起則漫去。如是又旬日,乃請玠屏人言曰:「某蒙明公禮遇,今日思有以少報,其在徙合州城乎?」玠不覺躍起,執其手曰:「此玠志也,但未得其所耳!」曰:「蜀中形勝之地莫如釣魚山,請徙諸砦,若任得其人,積粟以守之,賢於十萬師遠矣!」餘玠大喜,密聞於朝,請不次官之。卒築青居、大獲、釣魚、雲頂、天生凡十餘城,皆因山為壘,棋佈星分,於是臂指聯絡,蜀始可守。〔馮述評〕張仁願築三受降城,而河北之斥堠始遠;吳玠築釣魚山十餘城,而蜀之形勝始壯。皆所謂一勞而永逸,一費而百省者也。
新字:余玠帥蜀,築召賢館於府左,供帳一如帥所。時播州冉王進,冉璞兄弟隠居蠻中,前後閫帥辟召,皆不至,至是身自詣府。玠素聞其名,与之分庭均礼。居数月,無所言,玠乃為設宴,親主之。酒酣,坐客紛紛,競言所長,王進兄弟卒黙然。玠曰:「是観我待士之礼何如耳,,明日更辟館以処之,因使人窺之,但見兄弟終日対踞,以堊画地為山川城池,起則漫去。如是又旬日,乃請玠屏人言曰:「某蒙明公礼遇,今日思有以少報,其在徙合州城乎?」玠不覚躍起,執其手曰:「此玠志也,但未得其所耳!」曰:「蜀中形勝之地莫如釣魚山,請徙諸砦,若任得其人,積粟以守之,賢於十万師遠矣!」余玠大喜,密聞於朝,請不次官之。卒築青居、大獲、釣魚、雲頂、天生凡十余城,皆因山為塁,棋佈星分,於是臂指聯絡,蜀始可守。〔馮述評〕張仁願築三受降城,而河北之斥堠始遠;呉玠築釣魚山十余城,而蜀之形勝始壮。皆所謂一労而永逸,一費而百省者也。
書き下し
余玠は蜀に帥たり、召賢館を府の左に築き、供帳は一に帥所の如し。時に播州の冉王進、冉璞の兄弟は蛮中に隠居し、前後の閫帥の辟召にも、皆な至らず。是に至りて身自ら府に詣る。玠は素より其の名を聞き、之と庭を分かち礼を均しくす。居ること数月、言う所無し。玠は乃ち為に宴を設け、親ら之を主る。酒酣にして、坐客は紛紛として、競いて長ずる所を言うも、王進兄弟は卒に默然たり。玠曰く、「是れ我の士を待つの礼の何如を観るのみ」と。明日、更めて館を辟きて以て之を処し、因りて人をして之を窺わしむるに、但だ兄弟の終日対踞し、堊を以て地に山川城池を画き、起つれば則ち漫去するを見る。是の如くすること又た旬日、乃ち玠に請いて人を屏けて言う、「某は明公の礼遇を蒙り、今日以て少しく報いんと思う有り。其れ合州城を徙すに在るか」と。玠は覚えず躍起し、其の手を執りて曰く、「此れ玠の志なり、但だ未だ其の所を得ざるのみ」と。曰く、「蜀中の形勝の地は釣魚山に如くは莫し。請う諸砦を徙し、若し人を得ることに任ぜば、粟を積みて以て之を守らば、十万の師より遠きに賢れり」と。余玠は大いに喜び、密かに朝に聞し、不次に之に官せんことを請う。卒に青居、大獲、釣魚、雲頂、天生の凡そ十余城を築き、皆な山に因りて塁を為し、棋布星分し、是に於いて臂指聯絡して、蜀は始めて守る可し。〔馮述評〕張仁願は三受降城を築きて河北の斥堠始めて遠く、呉玠は釣魚山の十余城を築きて蜀の形勝始めて壮んなり。皆な所謂一たび労して永く逸し、一たび費して百たび省くものなり。
現代語訳
余玠が蜀の軍を統率したとき、召賢館を役所の左に築き、調度は一切、総帥の居所と同じにした。そのころ播州の冉王進と冉璞の兄弟は蛮族の地に隠居しており、前後の総帥たちが召し出しても、どちらにも応じなかった。このときになって自ら役所を訪れた。玠はかねてその名を聞いていて、庭を分けて同等の礼で待遇した。数か月いても、何も語らなかった。玠はそこで彼らのために宴を設け、みずから主催した。酒がたけなわになると、同席の客はあれこれと競って自分の長所を語ったが、冉王進兄弟は最後まで黙っていた。玠は言った。「これは私が士を待遇する礼がどうかを見ているのだ。」翌日、さらに別の館を開いて彼らをそこに住まわせ、人にのぞかせたところ、兄弟は一日中向かい合ってしゃがみ、白い土で地面に山河や城池を描き、立ち上がるとそれを消していた。こうして十日ほどたち、ついに玠に人払いを求めて言った。「私は閣下の礼遇を受け、今日少しでも報いたいと思います。それは合州城を移すことでしょうか。」玠は思わず躍り上がり、その手を取って言った。「これこそ私の志だ、ただ場所を得ていなかっただけだ。」彼は言った。「蜀の地形の優れた所は釣魚山にまさるものはありません。諸砦を移し、人を得ることに任じ、食糧を積んで守れば、十万の軍よりはるかに勝ります。」余玠は大いに喜び、ひそかに朝廷に報告し、順序を超えて官位を授けるよう願った。ついに青居・大獲・釣魚・雲頂・天生など十余の城を築き、みな山に因って砦とし、碁石のように星のように配置され、手足のように連絡し合い、これで蜀はようやく守れるようになった。〔馮夢龍の評〕張仁願が三受降城を築いて河北の見張りが初めて遠くまで広がり、余玠(呉玠は誤記と思われる)が釣魚山の十余城を築いて蜀の地形の優位がはじめて盛んになった。いずれも、一度苦労して永く楽になり、一度費用をかけて百回分の費用を省くという類のものである。
解説
この章句が説くこと
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