智囊 / 經務・張居正
江陵復移書總督曰:「封貢事,乃制虜安邊大機大略,時人以狷嫉之心,持庸眾之議,計目前之害,忘久遠之利,遂欲搖亂而阻壞之,不唯不忠,蓋亦不智甚矣。議者以講和示弱,馬市起釁,不知所謂和者,如漢之和親,宋之獻納,制和者在夷狄,不在中國,故賈誼以為『倒懸』,寇公不肯主議。今則彼稱臣乞封,制和者在中國,不在夷狄,比之漢、宋,萬萬不侔。至於昔年奏開馬市,彼擁兵壓境,恃強求市,以款段駑罷索我數倍之利,市易未終,遂行搶掠,故先帝禁不復行。今則因其入貢,官為開集市場,使與邊民貿易,其期或三日二日,如遼開原事例耳,又豈馬市可同語乎?至於桑土之防,戒備之慮,自吾常事,不以虜之貢不貢而有加損也。今吾中國,親父子兄弟相約也,而猶不能保其不背,況夷狄乎?
新字:江陵復移書総督曰:「封貢事,乃制虜安辺大機大略,時人以狷嫉之心,持庸衆之議,計目前之害,忘久遠之利,遂欲揺乱而阻壊之,不唯不忠,蓋亦不智甚矣。議者以講和示弱,馬市起釁,不知所謂和者,如漢之和親,宋之献納,制和者在夷狄,不在中国,故賈誼以為『倒懸』,寇公不肯主議。今則彼称臣乞封,制和者在中国,不在夷狄,比之漢、宋,万万不侔。至於昔年奏開馬市,彼擁兵圧境,恃強求市,以款段駑罷索我数倍之利,市易未終,遂行搶掠,故先帝禁不復行。今則因其入貢,官為開集市場,使与辺民貿易,其期或三日二日,如遼開原事例耳,又豈馬市可同語乎?至於桑土之防,戒備之慮,自吾常事,不以虜之貢不貢而有加損也。今吾中国,親父子兄弟相約也,而猶不能保其不背,況夷狄乎?
書き下し
江陵は復た書を総督に移して曰く、「封貢の事は、乃ち虜を制し辺を安んずる大機大略なり。時人は狷嫉の心を以て、庸衆の議を持し、目前の害を計りて久遠の利を忘れ、遂に摇乱して之を阻壊せんと欲す。唯だ不忠なるのみならず、蓋し亦た不智甚だし。議者は和を講ずるを以て弱を示すと為し、馬市は釁を起こすと為すも、所謂和なる者は、漢の和親、宋の献納の如く、和を制する者は夷狄に在りて、中国に在らざるを知らず。故に賈誼は以て『倒懸』と為し、寇公は議を主ることを肯んぜず。今は則ち彼は臣と称して封を乞い、和を制する者は中国に在りて、夷狄に在らず。漢、宋に比ぶれば、万万侔しからず。昔年、奏して馬市を開くに至りては、彼は兵を擁して境に圧し、強を恃みて市を求め、款段駑罷を以て我が数倍の利を索め、市易未だ終わらざるに、遂に搶掠を行う。故に先帝は禁じて復た行わず。今は則ち其の入貢に因り、官は為に集市場を開き、辺民と貿易せしめ、其の期は或いは三日二日、遼の開原の事例の如きのみ。又た豈に馬市と同じく語る可けんや。桑土の防、戒備の慮に至りては、自ら吾が常事にして、虜の貢と不貢とを以て加損する有らず。今、吾が中国は、親の父子兄弟の相約するものなるも、猶お其の背かざるを保つ能わず、況んや夷狄をや。
現代語訳
江陵(張居正)はまた書簡を総督に送って言った。「封貢の事は、敵を制し辺境を安んずる大きな機会であり大きな方策である。当世の人は、ねたみ心から、凡庸な議論を持ち出し、目先の害を計って遠い将来の利益を忘れ、とうとう騒ぎ立ててこれを妨げようとしている。ただ不忠であるだけでなく、思うに、愚かさも甚だしい。議論する者は、和を講じることは弱さを示すことであり、馬市は紛争を起こすと言うが、いわゆる和とは、漢の和親や宋の献上のように、和の主導権が夷狄にあり、中国にはなかったものを指すことを知らない。だから賈誼はそれを『逆さまに吊るされた』ようだと言い、寇準も和議を主導しようとしなかった。今は彼が臣と称して封爵を乞い、和を制するのは中国にあって、夷狄にはない。漢や宋と比べて、まったく同じではない。昔、馬市を開くよう上奏したときは、彼は兵を擁して国境に迫り、強さを頼みに市を求め、駄馬同然の劣った馬で我らの数倍の利を求め、取引が終わらないうちに略奪を行った。だから先帝はこれを禁じて再び行わなかった。今は彼らの入貢に際して、官が市場を開き、辺境の民と貿易させ、その日数は三日か二日で、遼の開原の事例のようにするだけである。どうして馬市と同列に語れようか。桑の根で巣を補強するような備えや、警戒の配慮は、もとよりわが日常のことで、敵が貢ぐか貢がないかで増減するものではない。今、わが中国では、親の父子や兄弟が約束しても、なお背かないとは保証できないのに、まして夷狄をや。
解説
この章句が説くこと
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孫子・虚実篇孫子曰く、戦いを善くする者は、人を致して人に致されず。
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李衛公問対・卷上兵を善く用うる者は、先ず測る可からざるを為せば、則ち敵は其の之く所に乖く。
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尉繚子・戰威善く兵を用うる者は、能く人を奪いて人に奪われず。
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尉繚子・戰權兵法に曰く、「千人にして権を成し、万人にして武を成す。権先づ人に加ふる者は、敵力交へず。武先づ人に加ふる者は、敵威接せず」と。故に兵は先を貴ぶ。此に勝てば、則ち彼に勝つ。此に勝たざれば、則ち彼に勝たず。凡そ我往けば則ち彼来たり、彼来たれば則ち我往き、相勝敗を為す、此れ戦の理の然るなり。夫れ精誠は神明に在り、戦権は道の極まる所に在り。有る者は之を無くし、無き者は之を有らしむ、安んぞ之を信ずる所あらん。先王の伝聞する所の者は、正に任じ詐を去り、其の慈順を存し、決して留刑無し。故に道を知る者は、必ず先づ止まるを知らざるの敗を図る、悪んぞ必ず往きて功有るに在らんや。軽く進みて戦を求むれば、敵復た止まるを図り、我往きて敵勝を制す。故に兵法に曰く、「求めて之に従ひ、見て之に加へ、主人敢へて当たらざるに之を陵げば、必ず其の権を喪ふ」と。凡そ奪はるる者は気無く、恐るる者は守るべからず、敗るる者は人無し、兵に道無ければなり。意往きて疑はざれば、則ち之に従ふ。敵を奪ひて前無ければ、則ち之に加ふ。明らかに視て高く居れば、則ち之を威す。兵の道極まれり。其の言謹み無ければ、偸みて失はしむ。其の陵犯節無ければ、破る。水のごとく潰し雷のごとく撃てば、三軍乱る。必ず其の危ふきを安んじ、其の患を去り、智を以て之を決す。之を高くするに廊廟の論を以てし、之を重くするに受命の論を以てし、之を鋭くするに踰垠の論を以てすれば、則ち敵国戦はずして服すべし。
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『新論』長計是れ所謂其の之く所を乖く者にして、実を変じて虚と為し、虚を転じて実と為す。此くの如くなれば、則ち神聖の夷狄を御する所以の略、彼倒用するを得ずして、彼の我を擾す所以の術、我将に之を倒用せんとす。然る後操縦の権、我より之を制す。廟謨既に定まり、上下心を同じくし、千塗万轍、必ず是の道に由りて変ぜず。是に於てか我の夷狄を御する所以の者は、即ち神聖の夷狄を御する所以にして、内に一定の略有りて、外に乗ずべきの虚無し。黠虜をして千群我を窺はしむと雖も、将た何を以て我が辺陲に陸梁するを得んや。(大猷公嘗て訳官島野兼了なる者を天竺に遣はす。兼了荷蘭の賈舶に乗り、諸国を周流し、遂に東海に往くこと三千里、一大国を得たり。以為へらく是の国宜しく神州に属すべしと。因りて碑を立てて題して日本国中と曰ふ。当時の規模の宏遠なること、亦見るべきなり。海東三千里なる者は、疑ふらくは即ち西夷の所謂亜墨利加洲なる者ならん。)
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李衛公問対・卷中千章万句、『人を致して人に致されず』を出でざるのみ。
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