智囊 / 經務・張居正
彼若尋盟,則我示羈縻之義,彼若背盟,則興問罪之師,勝算在我,數世之利也。諸逆既入境,即可執送闕下,獻俘正法,傳首於邊,使叛人知畏。先將那吉移駐邊境,叛人先入,那吉後行,彼若劫質,即斬那吉首示之,閉城與戰。彼曲我直,戰無不克矣。阿力哥本導那吉來降,與之,必至糜爛。今彼既留周、元二人,則此人亦可執之以相當,斷不可與。留得此人,將來大有用處,唯公審圖之。」後崇古馳諭虜營,俺答欲我先出那吉,我必欲俺答先獻所虜獲。俺答乃獻被擄男婦八十餘人。夷情最躁急,遂寇抄我雲石堡。崇古亟令守備范宗儒以嫡子范國囿及其弟宗偉、宗伊質虜營,易全等。俺答喜,收捕趙全等,皆面縛械係,送大同左衛。是時周、元聞變,飲鴆死,於是始出那吉,遣康綸送之歸。那吉等哭泣而別。巡撫方逢時誡夷使火力赤猛克,諭以毋害阿力哥。既行,次河上,祖孫嗚嗚相勞,南向拜者五,使中軍打兒漢等入謝,疏言:「帝赦我逋遷裔,而建立之德無量,願為外臣,貢方物。」請表箋楷式及長書表文者。
新字:彼若尋盟,則我示羈縻之義,彼若背盟,則興問罪之師,勝算在我,数世之利也。諸逆既入境,即可執送闕下,献俘正法,伝首於辺,使叛人知畏。先将那吉移駐辺境,叛人先入,那吉後行,彼若劫質,即斬那吉首示之,閉城与戦。彼曲我直,戦無不克矣。阿力歌本導那吉来降,与之,必至糜爛。今彼既留周、元二人,則此人亦可執之以相当,断不可与。留得此人,将来大有用処,唯公審図之。」後崇古馳諭虜営,俺答欲我先出那吉,我必欲俺答先献所虜獲。俺答乃献被擄男婦八十余人。夷情最躁急,遂寇抄我雲石堡。崇古亟令守備范宗儒以嫡子范国囿及其弟宗偉、宗伊質虜営,易全等。俺答喜,収捕趙全等,皆面縛械係,送大同左衛。是時周、元聞変,飲鴆死,於是始出那吉,遣康綸送之帰。那吉等哭泣而別。巡撫方逢時誡夷使火力赤猛克,諭以毋害阿力歌。既行,次河上,祖孫嗚嗚相労,南向拝者五,使中軍打児漢等入謝,疏言:「帝赦我逋遷裔,而建立之徳無量,願為外臣,貢方物。」請表箋楷式及長書表文者。
書き下し
彼若し盟を尋めば、則ち我は羈縻の義を示し、彼若し盟に背かば、則ち問罪の師を興し、勝算は我に在り、数世の利なり。諸逆既に境に入らば、即ち執えて闕下に送り、俘を献じて正法し、首を辺に伝えて、叛人をして畏るるを知らしむ可し。先ず那吉を移して辺境に駐め、叛人は先に入り、那吉は後に行く。彼若し質を劫さば、即ち那吉の首を斬りて之に示し、城を閉じて与に戦わん。彼は曲、我は直、戦えば克たざる無し。阿力哥は本と那吉を導きて来降せしむるものなり、之を与えば、必ず糜爛に至らん。今、彼は既に周、元の二人を留めたれば、則ち此の人も亦た執えて以て相い当つ可し。断じて与う可からず。此の人を留め得れば、将来大いに用うる処有らん。唯だ公の審らかに図れ」と。後に崇古は馳せて虜営に諭し、俺答は我が先ず那吉を出さんことを欲し、我は必ず俺答が先ず其の虜獲を献ぜんことを欲す。俺答は乃ち被擄の男婦八十余人を献ず。夷情は最も躁急にして、遂に我が雲石堡を寇抄す。崇古は亟かに守備の范宗儒をして嫡子の范国囿及び其の弟の宗偉、宗伊を以て虜営に質せしめ、全らに易えしむ。俺答は喜び、趙全らを収捕し、皆な面縛械係して、大同左衛に送る。是の時、周、元は変を聞きて、鴆を飲みて死す。是に於いて始めて那吉を出だし、康綸をして之を送り帰さしむ。那吉らは泣きて別る。巡撫の方逢時は夷使の火力赤猛克を誡め、諭して阿力哥を害すること毋からしむ。既に行き、河上に次り、祖孫は嗚嗚として相い労い、南に向かって拝すること五たび、中軍の打児漢らを使わして入謝せしめ、疏に言う、「帝は我が逋遷の裔を赦し、建立の徳は無量なり。願わくは外臣と為り、方物を貢せん」と。表箋の楷式及び長書表文を請う者なり。
現代語訳
彼がもし盟約を求めるなら、こちらは緩やかに従わせる大義を示し、彼がもし盟約に背くなら、罪を問う軍を起こす。勝算はこちらにあり、数世代にわたる利益となる。反逆者たちがすでに国境に入ったら、すぐに捕らえて都に送り、捕虜として献上して法に従って処刑し、首を辺境に伝えて、裏切り者に恐れることを知らしめるべきだ。まず那吉を辺境に移して駐留させ、叛逆者を先に入れ、那吉は後に行く。彼がもし人質を脅し取りに来れば、すぐに那吉の首を斬って見せ、城門を閉じて戦うのだ。彼は不正でこちらは正しい。戦えば勝てないことはない。アリゲはもともと那吉を導いて降伏させた者であり、彼を渡せば必ずひどい目にあう。今、彼はすでに周と元の二人を留めているので、この男もまた捕らえてそれと対にすればよい。断じて渡してはならない。この男を留めておけば、将来大いに使う所があるだろう。どうか公はよく考えられよ。」のちに王崇古は馬を飛ばして敵陣に説き、アルタンはこちらがまず那吉を出すことを望み、こちらは必ずアルタンがまず捕虜を献上することを望んだ。アルタンはそこで捕らえていた男女八十余人を献上した。夷狄の気性はたいへんせっかちで、とうとうわが雲石堡を略奪した。崇古はすぐに守備の范宗儒に、嫡子の范国囿とその弟の宗偉・宗伊を敵陣に人質として入れさせ、趙全らと交換させた。アルタンは喜び、趙全らを捕らえ、いずれも縛り上げ枷をはめて、大同左衛に送った。このとき周と元は変事を聞いて、毒酒を飲んで死んだ。そこではじめて那吉を出し、康綸にこれを送り返させた。那吉らは泣いて別れた。巡撫の方逢時は敵の使者の火力赤猛克を戒め、アリゲを害してはならないと諭した。出発して、河のほとりに宿ったとき、祖父と孫はおいおい泣いてねぎらい合い、南に向かって五度拝礼し、中軍の打児漢らを使いにやって謝意を述べさせ、上奏にこう言った。「陛下はわが逃亡の子孫を赦してくださり、お建てくださった恩徳は量り知れません。願わくは外臣となって、土地の産物を貢ぎ物として献上いたします。」書式の手本と長い文書の表文を請うた者であった。
解説
この章句が説くこと
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『智囊』經務・張居正然れども老酋の犢を舐むるの情は、亦た真に近きに似たり。其の諸逆を以て其の孫に易えざるは、蓋し軽きを以て重きに博するを恥ずるにして、諸逆に忍びざるに非ざるなり。乳犬駑駒は、之を蓄えて何をか用いん。但だ之を挟みて重と為し、以て利を虜に規らんと欲するのみ。今、宜しく遣わして朝廷の其の孫を厚く待つの意を宣布し、以て老酋の心を安んじ、那吉をして其の賜服の緋袍金帯を衣て、以て虜使に誇示せしむべし。彼は吾の之を寵異するを見れば、則ち得んと欲するの心は愈いよ急にして、左券は我に在り。然る後に重ねて与に市いし、吾が欲する所を求めば、必ず得可きなり。俺酋の言は哀懇なりと雖も、身は猶お兵を擁して辺に駐り、事は強挟に同じく、未だ誠款を見ず。必ず令して有名の逆犯を将て、尽数先ず境に送入せしめ、游騎を掣回して、然る後に我れ官を差わし礼を以て其の孫を送り帰さん。若し兵を擁して質を要し、両つながら交易せば、則ち夷狄に親無く、事は或いは中ごろに変ず。即ち然らずして、聊か数人に脅従して責めを塞がば、国家の威重に於いて豈に大いに損なわざらんや。封爵、貢市の二事に至りては、皆な可否の間に在り。若し鄙意ならば、則ち以為えらく、辺防の利害は那吉の与うると与えざるとに在らずして、彼の和を求むるの誠と不誠とに在り。若し彼果たして至誠に出でば、仮すに封爵を以てし、其の貢市を許し、我は間を得て、其の戦守の具を修め、屯田の利を興し、辺鄙聳えず、穡人功を成さん。
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『智囊』經務・張居正俺答の孫の巴漢那吉は、其の奶公の阿力哥と、十余騎を率いて来降す。督撫は未だ以て聞せざるに、張江陵は已に先に之を知り、〔宰相は辺事に心を留めざれば、那ぞ先に知るを得んや〕書を王総督崇古に貽り、其の的否を査せしめ、往復して之を籌りて曰く、「此の事は関係甚だ重く、虜を制するの機は実に此に在り。頃ろ報を据るに、俺酋は辺に臨みて索要すと。正に恐る、彼棄てて取らざれば、則ち我は空質を抱きて怨みを虜に結ばんことを。今、其れ来たりて索むるは、我の利なり。第だ将士を戒励し、壁を堅くし野を清めて以て之を待ち、人をして好語を以て之を款せしめよ。彼は卑詞もて款を効し、或いは我が叛逆の趙全らの首を斬り、誓いて数年吾が塞を犯さずんば、乃ち天朝に奉聞して、礼を以て遣り帰す可し。但し聞くに老酋は辺に臨みて搶らず、又た明らかに其の孫を索めずと。此れ必ず趙全らの教うる所にして、吾が辺将を誘いて之を挑み以て質と為し、吾が間隙を伺いて其の備えざる所を掩わんとするなり。当に堡を並せて堅守し、軽々しく与に戦う勿れ。即ち彼示すに弱を以てし短を見すも、亦た之に乗ずる勿れ。多く間諜を行い、以て其の心を疑わしめ、或いは精奇の騎を遣りて他道に出で、其の巣穴を搗き、之をして野に掠むる所無からしめば、十日を出でずして、勢いは将に自ら遁れんとす。固より斬獲を以て功と為すを必とせざるなり。続いて巡撫の方金湖の人を差わし鮑崇徳が親しく老酋に見えし所を据るに云云とあり、其の言は未だ必ずしも皆な実ならず。
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『智囊』經務・張居正但だ我が制馭の策に在りては、自ら合に是くの如くなるべきのみ。数十年、歳として掠めざる無く、地として入らざる無きは、豈に皆な盟に背くの故ならんや。即ち将来背盟の禍も、又た豈に此れに加うる有らんや。議者は独り辺将の巣を搗くを得ず、家丁の馬を趕うを得ざるを以て、私害を計りて公利を忘れ、遂に此の機会を失えり。故に僕は以為えらく、唯だ不忠のみならず、蓋し亦た不智甚だしと」と。已にして乃ち文華殿に於いて面請して之を詔行し、又た文皇帝の和寧、太平、賢義三王を封ぜし故事を以て、択びて本兵に付し、因りて八策を区画して崇古に属す。崇古は既に札を得て、遂に虜に許し、封貢の便宜を条上し、詔して之に従う。俺答は名馬三十を貢ぎ、乃ち俺答を封じて順義王と為し、余は各おの封賞に差有り、今に至るまで貢市絶えず。板升の諸道既に除かれ、挙朝皆な喜ぶ。張江陵は督撫に語りて曰く、「此の時只だ宜しく之を付して知らざるべし、必ずしも老酋に意を通ずるを要さず。恐らくは献じて以て功と為し、又た一番の濫賞を費し、且つ反側する者をして益ます虜に事うるの心を堅くせしめん。此の輩は宜しく虜中に置くべく、他日用うる有るは他処ならん。必ずしも招いて来帰せしめず、帰るも亦た用無し。第だ時に諭を伝えて以て兵を銷し農に務め、中国の藩蔽と為り、歹心を生ずる勿からしめよ。若し歹心有らば、即ち語を順義に伝えて、汝を縛りて功を献ぜんと。然れども虜使に対しては却って又た云う、『此の輩は中華に背叛す、我は已に度外に置く。只だ他の田を耕し穀を種うるを看るのみ、犯法し、歹心を生ずれば、汝の殺すに任す、来たりて告ぐるを必とせず』と。以て無足軽重の意を示せ」と。
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『智囊』經務・張肖甫復た馬文英、楊廷用を召し、密かに之に謂いて曰く、「向に自ら縛して請いしは汝なるか」と。二魁は死罪を謝す。公曰く、「壮士は故より死を畏れず。然りと雖も、死するに法に名無し。汝は我が為に衆を帥いて乱を捕らえよ。詎ぞ贖を論ぜん、且つ賞せん。即ち不幸にして死すとも、寧ろ義に死せんか」と。二魁も亦た踊躍して命を聴く。公は乃ち徐景星を召して従う所の驍勇を出だして中軍と為し、営兵をして之に次がしめ、郡邑の土団は又た之に次ぎ、部伍を厳しくし、約束を明らかにし、遂に前みて乱民に薄り、連ねて之を敗り、縛すること百五十余人、而して仕卿も与る。公は訊いて其の倡謀を得たり。刃を挟みて金帛を腰にする者は凡そ五十余人、皆な之を斬梟して轅門に置き、余は悉く釈き去らしむ。是に於いて群不逞は皆な散ず。公は此の悍卒の猶お未だ法に伏せざるを念い、之を急にすれば或いは変を生ぜんとし、他事を仮りて之を罪すれば或いは密かに之を掩えば則ち法に非ず、因りて陽に二魁の功を奨め、之に冠帯を予う。営に榜し、復た其の餉を初めの如くし、咸な帖然たり。二魁の自ら縛せし時、衆に要して曰く、「吾は一死を以て若等を蔽わん、姑く我に棺殮を予え、妻子の費を給せよ」と。衆は為に金数百を斂む。既に免れて復た橐に反さず、衆は頗る恨む。又た各営の乱を倡えし者数十、公は俱に之を廉得す。明年の春汛に屆び、七営当に復た発すべし。公は誓師の時に密かに徐景星をして名捕営ごとに各おの一人を以て、其の首乱の罪を数えて之を斬らしむ。已後、馬、楊の二魁を捕らえ至り、曰く、「汝は故より自ら死を請う、今は晩し。且つ汝は既に乱を倡え、又た衆を欺きて其の資を攘む。我れ即ち汝を貸さんと欲すとも、衆怒を如何せん」と。又た之を斬り、凡そ九首なり。
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『智囊』靈變・張佳胤公は意に頗る疑い、遂に延べて後堂に入らしむ。敬は公の左手を扣え、章は背を擁し、同じく室に入りて炕上に坐す。敬は髯を掀げて笑いて曰く、「公は我を知らざるか。我は壩上より来たり、公の帑に万金有りと聞き、願わくは以て相い借りん」と。遂に章と共に匕首を出して、公の頸に置く。公は為に動かず、従容として語りて曰く、「爾の図る所は仇に報ゆるに非ず。我は即い愚なりとも、奈何ぞ財の故を以て吾が生を軽んずるや。即い匕首せずとも、吾は書生の孱夫、爾を奈何ともせん。且つ爾は既に朝使と称す、奈何ぞ自ら本相を露わす。人をしてこれを窺わしめば、爾の利に非ず」と。賊は以て然りとし、遂に匕首を袖にす。公曰く、「滑は小邑なり、安んぞ多金を得ん」と。敬は札記を出だして数の如くす。公は復た辨ぜず、但だ請う、多く取りて吾が官を累わす勿れと。後に覆た開諭す。久しくして曰く、「吾が党は五人、当に五千金を予うべし」と。公は謝して曰く、「幸甚なり。但だ爾の両人の橐中にこれを装うを能うか。抑も何の策あって此の官舎を出でんとするか」と。賊曰く、「公の慮は良に是なり。当に我が為に大車一乗を具え、金を其の上に載せ、仍お公を械して詔もて逮する故事の如くすべし。一人の従うを許さず、従えば即ち先に公を刺さん。吾が党の馬を躍らせて去るを俟ちて、乃ち公の身を釈さん」と。公曰く、「我を逮するに昼行せば、邑の人は必ず爾を困しめん、即い我を刺すとも何の益あらん。夜行するに如かず、便なり」と。二賊は相い顧みて善しと称す。
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